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【即興実験小説】高くつく(15分・721字)

その画家は、高価なものの上にしか描けないという性質を持っていた。
幼少期にお札の上に描いたのが、初めて描いた絵だった。子供に与えられる落書き帳や単なる紙には全く興味を示さなかった彼が突如そこに絵を描いた、しかも神童と呼ばれてもよいような緻密な絵を。
両親は目を見張ったが、しかし困惑した。
彼にとって絵を描くことは、常に褒められるのと同時に叱られることだった。
そして1000円より5000円、5000円より10000円の上に、明らかに優れた絵をかくのだった。

彼は育ち、油絵を学び、そして描き続けた。図書館の一番高い図鑑の表紙に。両親のパスポートに。校長室に飾られた壺に。
普通のキャンバスには一切描けない。周りの大人は彼が絵をかくたび、いつも褒めるべきか叱るべきか戸惑わざるをえない。

彼の絵は、その圧倒的なクオリティと、キャンバスの制限性から、大いに話題になった。
彼は成人になる前に、すでにパトロンを得ていた。
タワーマンションの壁や、BMWを差し出す大金持ち。
自らの裸体を差し出す娼婦。
キャンバスの高級さに彼の絵のクオリティはきれいに比例するのだった。

この世で最も高価なものは何だろう? 
彼と、彼に魅了された人は考えた。その答えはすぐ見つかった。
それは、世間で最も評価された画家の絵である。

彼の作品の時価はすでに数千万円を超えていた。しかし一億円の絵の上に、絵を描いていいものか? たとえその絵の価値が、描かれる前から二億円にせり上がっていたとしても。

かくして好奇心によって、誰もその行為を止めることが出来なかった。
彼のアトリエに、世界で現在最も評価されている絵がはこびこまれた。

数日後、彼はアトリエから出てきた。皆が息を飲む中発表された絵は、皆の腰が抜けるほどの駄作だった。
彼が臆したのか。あるいは「キャンパス」が贋作だったのか。

真偽は誰にも分からない。

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お題:許されざる絵描き  必須要素:BMW  制限時間:15分  文字数:721字
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