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【超短編】いつだって誰かが待っているコーヒーショップ

「いつだって誰かが待っているコーヒーショップ」――四谷「***」店主インタビュー

「いつだって誰かが待っているコーヒーショップ」と呼ばれている店が、都内に存在する。
常連客がそれとなくそう呼ぶようになったのが広まり、いつしか店名より通り名の方が有名になったのだという。

なぜ、オーセンティックなコーヒーを出す老舗の一喫茶店が、そんな変わった呼ばれ方をするようになったのか。

記者が訪れ、店主に話を伺ってみた。

■都会の喧騒の中エアスポットのごとく佇む

(写真1・四谷・新宿通りから隠れるように。)

店の名前は「***」。場所は、JR中央線四谷駅から徒歩7分程度の路地。
大通りの喧騒から一歩入ると、驚くほど静かな裏通りがたたずむ。そこを数分歩くと、こぢんまりとした一軒家のような建物が現れた。
外観は古民家をリノベーションした風に見受けられるが、いわくいいがたい、懐かしさと新しさの同居した不思議な店構えである。

(写真2・コーヒーショップと知らずに興味をひかれ入ってくる人もいるとか。)

ドアを開けると、コーヒーの香りと静かなジャズが漏れ出した。

店内は読書が出来る程度の暗さに保たれていた店内には、カウンター、テーブル合わせて20席弱が並ぶ。
インテリアは落ち着いたブラウンを基調としているが、そこここに置かれたオブジェもまた、なんともいいがたい雰囲気を出している。

(写真3・まるで映画に出てくる研究者のラボのよう。)

平日の夕方だったが席は7割ほど埋まっていた。

確かに一人で来ている人が多い。土地柄、スーツを着た勤め人風の人、大学生風の若者が多いようにも思う。皆、誰かを待っているのだろうか。

ひとまず席に着き、オリジナルブレンドを注文する。
一口すすると、奥行きのあるとても深い味わいが口の中を満たす。そしてその味には、このコーヒーショップの佇まいと似たものを感じる。

(写真4・丁寧なハンドドリップにより香りが引き立つ。)

■「待つ」ことについて語るときに店主の語ること

「もともと、待ち合わせ専用のコーヒーショップというわけではなかったですし、今もそうではありません。二名様以上でお越しになっても歓迎ですよ。ただ、静かな店内なのであまり大きなお声で話されるのは難しいかもしれませんが」
と、店主の長井さん(59)は語る。

確かに取材中もカップルが訪れ、静かに会話しながらコーヒーをすすり始めた。

「ここで店を始めたのは約30年前。ビルの立ち並ぶ中にぽっかり空いていた空き地にすべり込むようにして、ここに居つきました。なんでこんなところに建てたの、とよく聞かれるのですが、『ピンと来たから』としか言えませんね。とにかく、近くで働く人たちの憩いの場となってくれれば幸いです」

(写真5・店主の長井さんは柔らかい物腰で淡々と語る。)

「いつだって誰かが待っているコーヒーショップ」と呼ばれるようになったのは、何かきっかけがあるのだろうか。

「うーん、これもまたよく覚えていませんが……。開店当初から、常連の方には『待ち合わせに向いている』とか『何かを待っている気持ちになる』とはよく言われていたように思います」

「ただ、ハッキリと覚えているのは、芥川賞作家の**さんが、芥川賞受賞の知らせを待つ際に、この店を使ったということです。よく知られていることですが、芥川賞候補になった作家さんは、受賞式の当日、会場のホテル近くの喫茶店で待機することが多いですね。もし受賞した際にはすぐにホテルに駆けつけないといけませんから。当時は今よりも芥川賞の世間的注目度が高く、受賞式で**さんが「この店で待っていた」と言及してくださったことで話題になりました。ファンの方も多く来て下さって、受賞作を読みながら作家さんを待つ、というのがひそかなブームになったりもしました」

(写真6・芥川賞受賞当時の**さんと、店主の記念写真。)

しかしその逸話のみならず、記者がネットで調べた限りでは、この店で“待つ”人達のエピソードがいくつも散見された。

「この店に来る途中に交通事故で亡くなってしまった恋人をずっと待っている女性」「アイディアが降りてくるのを待っている、まだ何も書いたことがない作家志望の男性」
「仕事を待っているヒットマン」
……。

店主に直接聞いてみると「心当たりはあるが、真偽は分からない」とのこと。

「その話は、誰かの創作かもしれませんし、本当かもしれません。でも私はほとんどお客様とお話しませんから……。どのお客様が誰を、あるいは何を待っているのかは、想像の範囲外のことは分かりません」

「ただ、不思議な光景を目にすることは、たまにあります。
ずっとよく来てくれていた常連のお客様と、別の時間にずっとよく来てくれていた常連のお客様が、ある日たまたま同じ時間帯に居合わせました。そして目が合った瞬間に無言で目配せし、同じテーブルにつき、そして気付いたら一緒に席を立っていました。それ以来しばらく姿を見ることはなかったのですが、数年後、久しぶりに訪れた彼らの腕には赤ちゃんが抱っこされていました」

(写真7・待つ人を30年間見つめてきた。)

「待つ」というのは不思議な行為である。何を待っているか分からないままに、待っている人もいる。そして待っているものが現れた瞬間に、自分が何を待っているのかが分かるのかもしれない。それが人生の伴侶である人もいるだろうし、もっと抽象的な何かである人もいるだろう。

「毎日のように訪れていたお客様が、ある日、書置きを残されて去ることもあります。『ずっと何を待っているか分からなかったけど、今日までここで待ち続けていた。でも今日、特に何と言うわけではないけれど、何かが分かった。だから、今日でここに来るのは終わり』と。」

(写真8・その時の書き置き。)

店主はそんなお客たちをどのような目で見ているのだろうか。

「待っているものが現れる人もいます。待ったけど何も来なかった、と言って去る人もいます。いずれにせよ、さみしいな、と思うことはあります。どちらも、もうここに来ないという意味では同じですから。でも、前向きに送り出したいという気持ちの方が強くあります。卒業式の時の先生の気持ちって、こんな感じなのでしょうか。毎年巣立っていく生徒に対し、自分はずっと学校に残り続けるわけですが、彼らの背中を、羨望と寂しさと応援が混じった気持ちで見送るしかありません」

そして、実は店主自身、先生の立場でありながら、同時に生徒でもあるという。
つまり、自身も何かを待っている、というのだ。

(写真9・ここだけ都会の発展から取り残されたような不思議な空間)

「何かを待っている、という根拠のない感覚が、ずっと肌の表面につきまとっていました。物心ついた時からずっとそわそわしていました。だから、「まあしばらく待つことになりそうだから、コーヒーでも飲みながら待つか」という気持ちで、私はこのコーヒーショップを始めたんです。
ずいぶんと長く待つことになりましたから、店を作って良かったですね。僕の待つものは結局まだ訪れていません。死ぬまで来ないかも。待っていたのは死神だった、なんていうつまらないジョークにならないといいですけど(笑)」

店主はそう笑い、しかし最後に物静かにこう言った。

「しかし、だとしても僕の人生に後悔はありません。きちんと待てていますから」

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ここまでが、、「ファーストドリップ」という、東京のカフェとコーヒーをテーマにしたwebマガジンに寄稿予定だった原稿である。
この後、店主に本稿を送り、チェックを待ったのだが、返事がなかなか来ないうちに例のニュースが世間を賑わせた。

創業30年老舗カフェの店主 無国籍者と判明

奇しくも取材後まもなく、店主は突然死によりこの世を去ってしまったことを、私はこのニュースで知った。そしてそれのみならず、ニュースは彼が日本国籍を持っていない、他国籍も持っていない、身元不明の存在であると伝えていた。

狐につままれたような心持で数日間を過ごしたのち、店主と取材でやりとりしていたメールアドレスから私宛てに一通のメールが届いた。

「連絡の遅延を謝罪します。地球の方には、長井と呼ばれた人間の外壁と、喫茶店と呼ばれた外壁の廃棄をわずらわせることを申し訳なく思います。
長井の本体は回収済です。喫茶店と呼ばれた外壁の名前「***」は、私達の言語で「不時着」を意味するものです。長井の世話をありがとうございました。」

何かのいたずらかまちがいだと思ったが、人の生き死にが関わっている以上、いたずらだとしても質が悪い。そして私の脳裏には、あの店主の、いつも何か待っているような、常に心もとないようなたたずまいが、妙な説得力をもってよみがえった。

私が、知人である大手出版社社長にメールの件を知らせたところ、話が大きくなり、この話題が世界中を席捲することとなる。

「地球にない物質でできたカフェ」無戸籍店主は宇宙人の可能性

このニュースが世間にいきわたった時、私は何か一大仕事を終えたように思えた。
私がライターとしてキャリアを積んだこと、大手出版社社長に知人を得たこと、そして話題の店主に生前に取材した最後の人物という役回りがきたこと、すべてつながって感じられた。
まもなく私はライターの職を辞した。以来、何かをずっと待っている。



渋澤怜(@RayShibusawa

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inspired by 「silk/p?」 4曲目「My Blueberry Nights」の歌詞より
「いつだって誰かが待っているコーヒーショップ」

🍦歌詞 https://www.youtube.com/watch?v=kyPgdndJJOI&feature=youtu.be (テキスト欄参照)

🍎iTunes https://itunes.apple.com/jp/album/silk/1451044727

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p?(旧名「ペルシアンズ」)というバンドについて

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渋澤怜のおすすめ創作群 https://note.mu/rayshibusawa/m/m70e04479475e

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