古傷

部屋の掃除をしてたら、見ないようにしてたものを見つけてしまった。私をあの頃の感情に引き戻すものたち。大切で忘れたくないけど、忘れないといけない記憶。だけどどうせ見てしまったんだからもういいか、と思ってここに記すことを決めました。綺麗に飾った言葉で、大好きだった人へのnoteを公開したのは今年の四月だった。あの人との日々を余所行きの文章で終わらせておきたくなくて、汚くて拙いとは思うけど、ちゃんと私のための言葉で書いておこうと思った。あの頃の私の行動が正しいなんて思ってない。だけど、私がもう一度あの頃をやり直すとしても、もう一度同じ行動を取るよ。反省はした、今もしてる。だけど後悔はしてない。世間の物差しではかる正解、不正解なんてどうでもいい。私の正解は誰かの不正解で、誰かの正解は私の不正解だから。
記憶ごと、思い出ごと閉じ込めた鍵付きの引き出し。久しぶりに開けたら少しだけ開けたことを後悔した。不完全燃焼のまま強制終了したあの人への想いは、自然に消えることはあったのかな。私があの人への想いを閉じ込めてなかったら、今の私はどうなってたんだろう。どれだけ考えても答えが出ない「もしも」を考える時間が私は好きだよ。
初めて先生に話しかけた日、長話する私に帰れとも勉強しろとも言わずにただただ耳を傾けてくれた。私と先生が仲良くなったのはそれからすぐだったし、私の心の中を先生が多く占めるようになったのもそれからすぐだった。すぐに馬鹿にするし、すぐに笑ってくるし、めちゃめちゃ面倒くさがりだし、口は悪いし。でも優しくて、絶対見捨てなくて、視野が広くて。教師らしくない先生は実は誰よりも教師らしかった。私は勝手に先生のことを一番分かってると思ってた、痛い生徒だったなあ。先生に質問しに行った日。塾のテスト、分からないところがあっても絶対塾の先生には聞かなかったんだよ、数学だけは。分からないまま持ちかえるテスト、先生と話す口実になるそれが愛しくて仕方なかった。私のテストの空白が、先生の字で埋まっていく。雑なくせに整った、私の大好きな字。真面目に先生の話を聞きたいのに、緊張して何も頭に入ってこなくて、だけど先生の数式を書く手は止まらなかったね。先生に想いを伝えた日、私が死ぬ瞬間に思い出すのはあの日のことなんじゃないかな。それまで自分から告白したことはなかったし、それからもない。これから先のことは分からないけど。先生を引き止めたくせに言葉につまる私、何も言わずにずっと待っててくれる先生。やっと口を開いた私、優しく笑いながら聞いていてくれる先生。沈黙が訪れて、私は気まずくて、でも先生は笑ってて。何も変わらなかったね。変わらずにいてくれた。だから私は後悔しなかった。在学中に想いを伝えたこと、それは善悪で判断できることじゃないと思う。間違ってたのかなって思うことは多いよ、だけど先生は私の行動を否定しなかった。好きになったのが先生でよかった、これは当時も今もずっと変わらず思ってる。卒業式の日、学校中に貼られたメッセージ付きの桜。みんなが校庭に出て写真を撮る中、友達と二人で校舎中走り回って先生が書いた桜を探した。見つかったっていくらでも言い訳はできるのに、誰にも見つからないように息を潜めながら走った。卒業式特有の張り詰めた空気と、窓からさす眩しすぎる光が、私たちを包んでくれていた。やっと見つけた先生の桜、らしさで溢れたメッセージ、やっぱり好きだと思った。最後くらい許してくれるだろうと思って、私は先生の桜をこっそり外した。誰に許してもらえると思ったんだろう、考えても答えは出ない。折り曲がらないようにファイルに入れた。そのファイルは、桜色だった。先生が離任すると知った日、この世の終わりだと思ったし、死んだ方がマシだと思った。4枚分も書いた、重すぎる手紙。直接渡すこともできなかった。呆気なく終わった、でも終わらなかった。入学式の日、これからの生活に不安を抱えながら家に帰った私。携帯が震えた。見たことのない番号。恐る恐る出ると、聞こえてきたのは忘れるはずがない大好きな声だった。なんで離任したのか、なんで最後に会えなかったのか、言いたいことは山ほどあったはずなのにな。震える声で受け答えする私に先生は笑って、変わってない先生に私は安心した。人生で1番長くて、世界で1番短い3分間だった。
いつ切れてもおかしくない細い糸は、実は意外と頑丈みたいで、そう簡単には切れなかった。今年の誕生日も、先生にお祝いしてもらったくらいだから。鍵までつけて閉じ込めていた思い出たちに触れても、好きが復活することはなかった。だけど、あの頃の葛藤、努力、選択、全部が蘇ってきた。触れる度に甘くて苦しい記憶が私を襲うなら、いっそのこと全て捨ててしまおうかと思った。私にそんなことできるはずがないのに。引き出しの中のものは、何も捨てなかった、捨てられなかった。開けた時と同じように置いて、また鍵をかけた。次開けるのはいつになるんだろう、その時も同じように、私は苦しくなるのかな。でも忘れたくない思い出は、きっと私を守ってくれる。だからこれからも大切にしまっておく。あの時を思い出して苦しくなるのは、私が頑張った証だと思っておくことにするよ。自分を正当化してばかりで、やっぱり私は醜いけど、あの頃間違いなく輝いてた私に恥じないように、あの頃に負けない思い出を作っていく。
先生は、できる女になれって言ったね。その日から私の目標はそれだよ。醜い自分も魅力にしてしまえるような、強くて素敵な女になるよ。元気でいてね、元気でいるから。私たちを繋ぐ糸が、まだ繋がっていてくれますように。

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