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ドラゴンなんていない

 僕が8歳〜12歳までブルガリアのトロヤンという場所で、当時18歳だったアダム・ドライバーとルームシェアしていた頃の話。アダム・ドライバーといえば、スターウォーズ(まだ見てないけど)や、ブラック・クランズマン(これは、見た!)、パターソン(これ、大好き)などの映画で有名だが、当時から彼はムービースターになる事に対して貪欲な生活を送っていた。僕はといえば、弱小ではあったが、サーカークラブに所属し、将来はセリアAのACミランで10番を背負う事を夢に、ボールを蹴るよりもイタリア語勉強に勤しんでいた。

 彼は演技の稽古に1日の大半を費やし、僕も同じくらいイタリア語の勉強に没頭する毎日で、彼は良き友であり、お兄ちゃん的な存在であったものの1日の中でも、お互いが夢の為に時間を費やしていたせいで、トイレのタイミングが被った時や、換気扇の役割をほぼ果たしていない換気扇の下で、寒空の中タバコを吸う事を断念した二人が鉢合わせるぐらいしか顔を合わさない時があるくらいの日もよくあった。

 築40年の小さな平家にはそれぞれ部屋があったが、几帳面で綺麗好きな彼の部屋とは対照的に、僕の部屋は寝床だけが顔を見せている状況。週末のある日、換気扇の下で鉢合わせたアダムと僕の部屋の話になった。

「健太は、あれ(散らかった部屋を指差して)が落ち着くの?」

(彼は決して人を否定するような人間ではなく、心優しい人間だからこそ、このような問いを僕に投げかけたのだった。「あれ」は良くないと思うが)

「アダム、君の言う” あれ ”は僕にとっても不本意なものだ。望んで”あれ”になるはずないだろ?よく見てみろ、あそこにあるゴルゴ13は昨日の僕が『明日の僕がやってくれる』と思いを託したものだ。そしてあの奥に見えるジャケットは7日前の僕が『明日の僕がやってくれる』と思いを託したもので、カレンダーが去年の11月で止まっているのは…もう分かるね?君の言う” あれ ”は本意ではない。安心してくれ」

彼は、吸い込んだタバコの煙を鼻から吐き出しながら、クスクスと笑みをこぼした。そして僕にこんな話を教えてくれた。

ドラゴンなんていない

 ある少年が朝目覚めると、足元に小さなドラゴンがこっちを見て笑っている。少年は慌ててベットから飛び降りると、朝食の支度をする母に向かって「僕の部屋にドラゴンがいる!」と叫んだ。7種類の野菜を詰め込んだ古いミキサーで二の腕を揺らしながら少年にこう返した。「ドラゴンなんているわけないでしょ」と。少年は一度は興奮してしまったものの、母の小刻みに揺れる二の腕を見ながら少しずつ落ち着きを取り戻し、きっと寝ぼけていたのだろうと自室に戻った。しかし、そこにはやはりドラゴンがいる。しかもさっきよりも心なしか大きくなっているような気がする。二の腕の催眠術も効果はすぐに消え、少年はまた母のところへ飛んでいった。「やっぱり僕の部屋にドラゴンがいるよ!しかも少し大きくなっている気がする!」それでも母は信じようとしなかった。母に宥められ混乱しながらもトーストと不味い野菜ジュースの朝食を母と一緒に取っていると、さっきまで自室にいたドラゴンがこちらをのぞいている。また少し大きくなって。すかさず母に「ほら!見て!あれの事だよ!」母は見ようともしてくれない。ドラゴンはこちらに危害を加えるような素振りは一切見せず、部屋の中をのそのそと歩き回ったりするだけだった。その後もドラゴンは少しずつ大きくなっていき、母は廊下を通るときに少し邪魔そうな顔をするだけで、一向に認めてくれようとはしなかった。しかしお昼を過ぎる頃、ドラゴンの成長のスピードは著しく早くなり、ついには尻尾は玄関から、顔は窓から飛び出るほど大きくなっていく。家はミシミシと悲鳴をあげ出し、僕も悲鳴をあげていた(ずっと)。母も少し前から額に汗を流し、チラチラとドラゴンの方を見るようになり、さっきからおんなじところに掃除機をかけ続けている。顕著に動揺している様子だった。すると「バキッ!」と家の柱が折れる、鈍くて、そして鋭い音が家に響く。同時に母は飛び跳ね「分かったわ!ドラゴンはいるわ!!」今まで信じようともしなかった母が、ついにドラゴンの存在を認めた。するとドラゴンは、もともとそこにはいなかったかのように、姿を消したのだった。

 アダムは2本のタバコを吸い終えるまでの間にこの話をしてくれた。つまりは「小さな問題」を後回しにしていると、それはどんどん「大きな問題」になってしまうというお話で、僕の部屋の” あれ "を見て、この話をしてくれた。

 世の中で起きている社会課題もそうだろう。「これくらい」「ちょっとだけなら」「自分一人くらい」その気持ちが、当時の僕の部屋の” あれ ”のように「小さな問題」を「大きな問題」へとさせているんだ。僕はその日からイタリア語の参考書をを手放し、社会課題を解決する事に没頭するようになった。

 彼は、誰もが憧れるムービースターになった。心から誇らしく思う。しかし僕は焦ったりなんかしない。まだまだ目の前には小さなドラゴンがいるから。



※この物語はフィクションです。登場する人物と私になんら関係はございません。

※社会課題に対する思いは事実です。

「最後まで読んでくれた」その事実だけで十分です。 また、是非覗きに来てくださいね。 ありがとうございます。