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第17回「映画評論家瀬戸川猛資・前」

「瀬戸川猛資」というと(ミステリ者としては)どうしてもミステリ/文芸評論家として見てしまう部分があるが、単純に関連著作の数だけで見ると実は「映画評論家」としての側面もそれに引けを取らない……というのは敢えて言挙げするほどのことではないかもしれない。改めて映画関連の著作をリストアップしてみよう。

(単)『夢想の研究:活字と映像の想像力』
 早川書房、1993/2→創元ライブラリ、1999/7
 連載:〈ミステリマガジン〉1989/1~1991/8
(単)『シネマ古今集』
 新書館、1997/7
 連載:〈サンデー毎日〉1993/9~1995/9
(単)『シネマ免許皆伝』
 新書館、1998/4
 連載:〈サンデー毎日〉1995/9~1997/9
(共)『今日も映画日和』(和田誠、川本三郎と)
 文藝春秋、1999/9→文春文庫2002/9
 連載:〈カピタン〉1997/7~1998/6

 この四冊の中で読んでいる人が多いのはもちろん、創元ライブラリから文庫が刊行されている『夢想の研究』だろう。代表作とされ、翻訳ミステリファンが十人いれば八、九人は読んでいるだろう(読んでない人なんていないですよね?)、あまりにも繰り返し読み過ぎたために、瀬戸川の意見だったか、自分の意見だったか区別がつかない人が量産されてしまった『夜明けの睡魔』と比べると知名度では劣るものの、内容という点ではまったく遜色がない、どころか瀬戸川流の「評論」を更に突き詰めた傑作である。
「活字と映像の想像力」の副題の通り、「映画と小説についての議論をクロスさせることで想像力をスパークさせる」本作はどこから読み始めても、読者を得体の知れないところまで引きずり込んでいくパワーに満ちている。例えば……(と文庫本のページをパラッとめくってみる)「10 センス・オブ・ワンダー」の章などはどうだろう。
 病気で入院した瀬戸川は大量の「懐かしのSF」を病室に持ち込んで読みまくったという。己の読書体験を振り返りながらSF映画へ、そしてジャンルの大古典『メトロポリス』へと話を繋げていくその話術はまさに達意の物。しかし、そこで紹介されるH・G・ウェルズの「酷評」はまさに冷や水をぶっかけられるような代物だ。孫引きながらここに引用。

「全編どこを探しても新しいアイディアが見当たらない。……技術の進歩という問題について、異常と思われるほどの力をこめて、考えられるだけの愚かしい、陳腐で、おどろおどろしい思想が、これまた異常と言えるセンチメンタリズムのソースをかけて提供されている。……これ以上莫迦げたものがつくれるか、疑問に思う。だがいちばん悪いのは、空想性を欠き、混乱し、センチメンタルで、莫迦莫迦しく、人を瞞着するこの映画が実は何とも素晴しい可能性のいくつかを惜しげもなく使い捨ててしまったことだ。」(テア・フォン・ハルボウ『メトロポリス』(創元推理文庫)訳者解説より)

 ここから瀬戸川は「ウェルズの真意」を「想像」しながら、SFというジャンルが本来内包する無限の「想像」力へと、更に筆を進めていく。この文庫十ページほどの文章を読むと、「具体的なことは何も書いていないのに妙に本質を食った」瀬戸川節に煽られるまま、唐突にSFが読みたくなること請け合いである。この名人芸には、さすがと言わざるを得ない。
『夢想の研究』で個人的に好きな文章に「18 裏切る現実」がある。これは、映画「愛と野望のナイル」(なんて酷いタイトルだ、と瀬戸川は憤慨)とアラン・ムーアヘッド『白ナイル』をクロスさせ、ナイル川の源流をめぐる19世紀イギリスの冒険旅行の数々を紹介した「17 月の山脈」に続く文章なのだが、映画の話が一ミリも出てこない。それどころか小説の話ですらなく、リチャード・バートンとジョン・スピークという二人の冒険家たちの人生を、数々の評伝からパッチワークして語った代物である。
 評伝の要約という、下手な人間がやると手抜きにしか見えず、しかも大抵つまらなくなるというこの荒業に、瀬戸川は大いに本気な態度で挑み、成功してしまっている。連載の趣旨が空中分解する直前まで引っ張りながらの結末の落とし方まで完璧で、「事実は小説よりも奇なり」を地で行くエピソードを紹介しつつ、想像に遊び夢想を尊ぶ(主に自分の)態度を戒めている。こんなの絶対マネできない。

 ここまで長々と『夢想の研究』について書いてきたが、それに続くものと目されていた……と思われるのが、1994年10月から1995年9月まで、同朋舎出版の雑誌〈GEO〉(読みはゲオではなくジオ)に連載された「夢想のクロニクル」である。各回のタイトルを書き出すと以下のようになる。

・第1回:「皇帝の見た悪夢」
・第2回:「悪いやつらは皆殺し」
・第3回:「スティーヴン・キング批判」
・第4回:「「それはミステリー・ゾーンの世界なのです」」
・第5回:「楽しくなければ恐怖じゃない」
・第6回:「『オズの魔法使い』の迫害」
・第7回:「わずか1千万年」
・第8回:「怪物のかたち」
・第9回:「敵の物語」
・第10回:「描きえぬもの」

『夢想の研究』のコンセプト「活字と映像の想像力」を表に掲げているわけではないものの、明らかに背景に置いて展開された連載で、内容的にも非常に充実している。
 例えば、第1回「皇帝の見た悪夢」は、ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ二世とその生涯をテーマとする作品を取り上げている。映画では『追想』や『ニコライとアレキサンドラ』、書籍ではエドワード・ラジンスキーの『皇帝ニコライ処刑』(NHK出版)が具体例である。彼は特段英邁だというわけでも、また暗愚であったわけでもない。にもかかわらず三百年続いたロマノフ王朝の崩壊、そしてロシア革命という実に二十世紀的なドラマの瞬間に居合わせるという「運命の悪戯」によって、彼の人生の数奇は極まった。それを描き出しつつ、瀬戸川は更にもう一冊の本を紹介する。それこそ保田孝一『ニコライ二世の日記』(朝日出版社)である。ニコライ二世は、生涯にわたり一万ページ以上の日記を書き残したという。その中で彼は自分の愛読書として、ツルゲーネフやトルストイといったロシアの文豪たちに加えて、デュマ『モンテ・クリスト伯』『三銃士』、コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』、ルブラン『ルパン対ホームズ』を挙げているという。読書に夢中になっていたニコライ二世が、虚構よりもなお恐ろしい現実に立ち戻った時に何を感じたか……これなどは、先ほど挙げた「裏切る現実」と並べて読んでなお一層面白い文章だろう。
 第3回の「スティーヴン・キング批判」もすごい。瀬戸川が『夜明けの睡魔』の後半の回で「恐怖王」と題してキングを大絶賛したこと(そして、単行本刊行時に付けられた付記でも分かる通り、その後キング作品にすっかり辟易してしまったこと)は良く知られている。今回のド直球なタイトルの原稿でも変わらず批判を繰り返しているのだが、直前に『夢想の研究』を再読していた私は、先ほど挙げたH・G・ウェルズの『メトロポリス』批判をここに重ねてしまった。
 本来想像力に満ちたものであるはずの恐怖小説(=描きえぬものを描く)を陽の光の下に引っ張り出して「エンターテインメント」として供するという行為には致命的な矛盾が内在する。瀬戸川は例によって具体的には言葉にしないまでも、その矛盾にどうにも無自覚に、二十年一日(今や四十年一日だ)のように続ける作者キングの姿勢に違和感を覚えたのではなかろうか。
 それを自覚してかどうか、本連載における瀬戸川の興味の対象はホラーの方面へと向かっていく。第4回(ロッド・サーリング、リチャード・マシスン)→第5回(ロバート・ブロック)→第8回(『フランケンシュタイン』)→第10回(H・P・ラヴクラフト)という論考の連なりの中でも、特に興味深いのが第8回「怪物のかたち」だ。
 この稿の後半、瀬戸川は一九三一年の映画『フランケンシュタイン』が恐怖映画の歴史にどれほどの影響を与えたかという点、そしてその理由を掘り下げていくが、その「コロンブスの卵」的結論は恐ろしく説得力のある代物に仕上がっている。言われてみれば、「それ」は「怪物」の最大の特徴として、その後のあらゆる媒体に登場しているのだものなあ。
 ちなみに、瀬戸川猛資とホラー小説・映画評については、他にもいくつか存在している。主なものを挙げてみよう。

①〈幻想と怪奇〉:連載「ホラー・スクリーン散歩」(1973/4、6)
 →1973/6分(『激突!』評)は後に『幻想と怪奇 傑作選』に再録
②〈幻想と怪奇〉:書評「『M・R・ジェイムズ全集 上』」(1973/11)
③〈ミステリマガジン〉:コラム「ビデオと愉しむ人気薄5篇」(1986/8)
④〈青春と読書〉:コラム「再び、モダンホラーから怪談へ」(1987/2)
⑤〈ミステリマガジン〉:コラム「『エンゼル・ハート』はカストナー映画だ」(1987/7)
⑥〈ミステリマガジン〉:コラム「モダンホラーベスト30 第1位『ローズマリーの赤ちゃん』」(1987/8)
⑦〈幻想文学〉:コラム「クライヴ・バーカー・スペシャル 恐怖は形而上」(1988/7)

 先ほどキング批判でぶち上げた瀬戸川のモダンホラーに対する立ち位置は③以降の原稿でも一貫していて、〈青春と読書〉や〈幻想文学〉に寄稿した文章を読むと、それらがひしひしと感じられる。
 なお余談ではあるが、瀬戸川がこの〈GEO〉へ寄稿するようになったのは、当時の編集部員で、現在では作家の某氏が強くかかわっていると聞いたことがある。いずれ機会があれば、その某氏と瀬戸川がどのような話をしたのか、直接伺ってみたいものである。


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