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ホームラン

 最終回、2点ビハインド。おそらく最後の打席になるであろう。開き直って振り抜いたところに、ちょうどボールがやってきた。

 ボンっというウレタン性バットから響く音は、芯を食ったか判断しづらい。ボールを叩いたというにはあまりにも手応えがない感覚であったから、どちらかといえば外したであろう。レフトフライか、、そう思っていたが、打球方向を追っていた視界の隅で、2塁審が手を回していた。フェンスオーバー?まさか。しかし打球を処理しようとする選手が誰1人いないところからしても、どうやら本当に、人生で初めて、ホームランを打ったらしい。

 ホームランには縁がなかった。真剣に野球を続けたのは、中学3年生まで。小学生の頃には、ドラマ「ルーキーズ」の影響で同世代のクラスの男子の半分は「俺も甲子園に行く」と言っていたのではないだろうか。私も例に漏れずであった。

 人生で初めてのヒットは野球を始めた小学校4年生。センター前へのクリーンヒットである。打ったバットも覚えている。ミズノのシルバーの金属バットだ。プロ野球選手ならオーロラビジョンで祝福のシーンである。そうでない、田舎の野球少年団の一選手でも、当事者にとっては大事なメモリアル。現に、今でも鮮明に覚えている。

 それから実に16年。高校では野球をやめて、大学でも体育の授業くらいでしか野球をしてこなかった私に、まさか再び、メモリアルを刻む日が来るなんて、思いもしなかった。自分には縁がないと思い込んでいたホームラン。けれど、野球を始めた頃から、イメージでだけは何十本も、何百本も打っていた。

 16年のあいだ、脳内だけにあった綺麗な放物線、そして悠々とダイヤモンドを周る体験、拍手、出迎えてくれるナイン。その全てを生身の身体に刻み込んだ。こんな日が来るとは思わなかった。野球を続けていて、よかったと思う。

 コロナの影響もあり、私にとって所属する草野球チームでの初めての公式戦であったが、結局私のホームランを入れても1点差のまま負けてしまった。実のところ、私のエラーで献上した失点もある。だから、初めてのホームランを喜びきれないのが悔しい。

 今度は社会人初勝利を目指して、今からイメージトレーニングをしている。アラサーのおじさんに差し掛かる田舎の一社会人草野球選手の野球人生はまだもう少し続きそうである。

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