星獣対策特士課のアラタメさん 1話

 大昔、人知れず地球に降り立ち浸食していた地球外生命体があった。始めは単細胞生物のような存在だったが、あまりにも早すぎる進化により、2000年には人型や怪物のような容姿を形成するまでに至る。
 この時、予め彼らが発していた脳波操作物質により、人間達は昔から存在した生物と認識させた。
 すでに地球は彼らに則られたようなものだが、彼らも人間の生活に触れる事で共存したい意思が働き、2005年に起こした大がかりな脳波操作を最後に、この機能は消滅した。

 2030年現在の歴史書には、地球外生命体が小さな隕石に乗って地球へ到達し、じわじわ進化を遂げ、その過程で人間との共生共存出来る生物へと変わった、とある。
 名前も二十一世紀当初から、地球外生命体ではなく星から渡った獣、星獣と称された。
 現在では、人間と善良な星獣が共存し、有害な星獣は互いに駆除対象として認識するようになった。

 2030年8月20日。
 萩野はぎの一朗太いちろうた30歳は、星獣対策会社せいじゅうたいさくかいしゃブルースターにて常務に呼び出された。

 20歳でアルバイトをしながら短期大学へ通い、無事に卒業を果たすも何度も何度も企業の面接に落ち、25歳にしてようやくブルースターへ入社した。下っ端仕事を5年間、真面目にコツコツ熟してきて、初めての呼び出し。しかも常務。根がかなり生真面目な一朗太にとっては緊張の瞬間であった。

 ただ、疑問もある。
 クビ通告や昇進話なら係長がするだろう。特例で上の者が伝えるにしても、課長か部長。役職をかなり飛び越え、まさかの常務の呼び出し。
 今までの勤務内容を思い返しても、常務が気にかけるような目立つ行いも不快にさせる行動も覚えがない。

 呼び出し場所は会議室。何か、重要な話をされるなら、尚更怖くあった。
 会議室の前に立つ一朗太は目を閉じ、静かに大きく深呼吸する。意を決し、ノックした。

「入りたまえ」

 入室すると、窓際に威厳ある、“厳格な父”という言葉が当て嵌まる人相の男、常務・東条とうじょうはじめがいた。

 係長のこっそり教えて貰った情報では、”時間を無駄にする行為を嫌うが、自分勝手で自己中心的、気難しいところもある人物。こちらの気苦労が絶えない”と聞かされている。
 齢50、地位、貫禄ある人相と気迫。
 初見で一朗太は、どこぞのヤクザ幹部かと思い、入室前の緊張がさらに強まる。

「萩野、一朗太君だね」
「は、はいっ! 萩野いち」
「ああ、いい。君のことは拝見済みだ」

 粗相をしたと思い、一朗太はすぐに「失礼しました」と返す。
 東条は傍の席に置いてある資料を持って、一朗太の傍まで近づいてくる。その一歩一歩が、圧をかける接近に感じて緊張が強まる。

「私は時間の無駄が嫌いでね」
「存じてます」
 東条から呟きが漏れる。「ん?」
 強い眼力を向けられ、失言を後悔した。
「え、あ……いえ」

 聞かなかったことにして東条は話を進める。
 どうでも良いことを追い込んで吐かせるのは時間の無駄だからだった。

「君は剣道三段の腕前があり、我が社の為に日夜トレーニングに励み、少々困難な星獣案件も熟しているそうじゃないか」
 徐ろに傍の椅子に腰かける動作すら、一朗太が畏怖を感じるほどだ。
「まさにブルースターの将来を担うに相応しい。エースじゃないか」

 褒めてるのか怒ってるのか分からない目を向けられる。

「い、いえ。自分などまだまだ若輩者です。早く、大型星獣案件を達成できるように」
「そんなもの、国に任せればいい」
 言葉を遮ってまでも断言された。

 一朗太は驚き、目を見開いて東条を見た。ブルースターの為を想っての言葉の筈が、何か違う空気が漂う。

「君も知っての通り、星獣は未だに謎が多い異星生物だ。大型? そんなもの、国家権力を用いて処理させれば良いだけのこと。金を使わせ、日本の経済を回すのに役立たせればいいんだ。いろんな税で金をがっぽり回収してるのだからね、ドンドン国内の為に金を使わせればいいんだよ」

 一切の悪気も躊躇いもなく言い切った。
 この人なら総理大臣に向かっても豪語できる迫力すら感じる。

「……では、私は……」
「君の真面目一辺倒の性格、確かな実力、誠実さを見込み、役職を与えたいと考えているのだよ」
「え!? 私にですか?」
「5年。献身的に務め、率先して雑務を熟す者を、いつまでも役職の無い平社員というのもなぁ。削る先輩社員などいくらでもいるというに」
 恐ろしい言葉が漏れ、一朗太は心臓を掴まれそうで恐怖する。
「ということで、私が立ち上げる部署のトップを務めて貰いたい」

 部署のトップ。部長への昇格。
 一朗太は嬉しくなり、油断して笑顔になる。

「あ、ありがとうございます! 部長昇格、両親が喜びます!」
 お礼を言った途端、東条の眉間に皺が寄る。
「勘違いしないで頂こう。君の役職は、【星獣対策特士課せいじゅうたいさくとくしか 隊長改たいちょうあらため】だ」
「……は?」

 あまりにも意味の分からない事態に、頭が追いつかない。
 渡された一枚の書類には、既に出来上がっている名刺がクリップ止めされていた。

「なんですか……星獣対策特士課、隊長?」
「そのまんまだよ。要するに星獣の対策にあたるだけだ。今までの仕事より、少々難関な事ばかりだがね」
「何ですか、特士って」
「社長の意向だよ。格好いいからだそうだ。特別な戦士、みたいな意味で」(そんな理由?!)
 言い返したい。しかし、東条の威圧がさせてくれない。

「特士なのに、隊長?」
「他部署との差別化を図って役職名が隊長だ。不服かね?」
「い、いえ……」
 としか返せない。
「あの、この、“かい”って何ですか?」
「“あらため”だ。言っただろ」

 度肝が抜かれ放題だ。
(なんだ? 改ってのは、隊長を改良したのか? それとも取り調べる、みたいな意味の方か?)
 江戸時代後期に存在した火消し盗賊改を思い出した。
「何故“あらため”? 前にも特士課があったのですか? それとも取り」
「社長の意向だよ!」
 何故か強めに言われた。理不尽に怒られている感じしかしない。

「特撮ヒーローやらロボットアニメであるだろ。味方が一度激しくやられて、立て直して再び悪に立ち向かう際、○○改っていうものだ」
「けど、訓読みですよ」
「あらための方が格好いいからだ、そうだ」怪訝な顔で返される。

(そんな理由?!)
 本日二度目。
 もう一度役職名を見てしまった。

「……重ね重ね、無礼を承知で言わせて頂きますが、自分は星獣の問題を解決することに、真面目に取り組んで来ました。それが、どうしてこのような、特撮ヒーローのような」
「不服かね?」
「少し、考えさせて」
「その給料でもかね?」

 書類の下の方に記載されている基本給は現在の倍額。
 数字に驚き、言葉を失う。
 見直して数字をきちんと数えるも、間違いが無いので口を手で覆った。

「君が不服申し立てというならそれで構わんよ。こちらも無理強いはしない。パワハラだと訴えられても時間の無駄だからね。君が嫌なら」
「いえ、やります」
 目に力と輝きが籠る。
 東条はゆっくりとした瞬きと同時に視線を一朗太へと流した。
「やらせてください!」
 真剣な眼差しで断言され、東条は立ち上がった。
 何かを言われると覚悟しつつ、一朗太はジッと見る東条の目から自分の目を逸らさなかった。
 一歩手前まで近寄られると、東条は一朗太の手を握った。

「よろしく頼むよ。萩野君」
「は、はい!」
 両手で強く握手した。
 人事異動通告を終えた東条は、次の話へと進む。
 入り口の扉に向かって“パンパン”と手を叩いた。
「入ってきたまえ」

 扉が開くと、大卒の新入社員といった若さが感じられる、それでいて真面目な印象の女性が入室した。
 入室して一礼、姿勢正しく歩いてくるが、視線を真正面に向けたままなのがどこか機械的な印象を受ける。
「お呼びですか、東条常務」

 東条は一朗太へ目を向けた。
「彼女は君の一人目の部下だ。仲良く協力してくれよ。可愛いからって手を出すなよ」
 下手すればセクハラ問題に引っかかりそうな発言に、「はぁ……」呟くように声が漏れる。

 容姿は細身で平均的な女性の容姿。確かに可愛いが、これから行う星獣対策にこんなに細身の女性社員をどう使うか迷う。一番最初に浮かんだのは事務職、次いで簡単な補助である。力仕事はある程度考えなければならない。

 東条は女性社員に目を向けた。
「彼は萩野一朗太君。君の上司となる者だ」
 続いて一朗太を見る。
「彼女は【MPシャイニング陸式ろくしき】君だ。ご覧の通り」
「ちょ、ちょっと待ってください!」(何って言った?!)

 思考の整理が追いつかない。流行りのキラキラネームにしても、斬新を通り越してしまって異常の域だ。

「説明の途中だが」
「失礼しました。あの、今のは…………本名、でしょうか?」
「溜めが長い、時間を有効に使いたまえよ」
 それどころではないが、とりあえず一朗太は謝った。
「アンドロイドだからね。苗字と名前を付けたいのはやまやまだが」

 もう、情報過多と言わざるを得ない。
 彼女はどう見ても人間そのもので、動きに一切の詰まりがない。
 “ロボットの動き”と検索すれば、芸能人がネタで行うようなカクカクした動きをするだろうが、彼女にそれは皆無であった。

「本当に? 人間でしょ」
 東条はMPシャイニング陸式に、アンドロイドである証拠を見せろと命令した。すると、MPシャイニング陸式は右手の指を左頬へ当て、爪を立て、徐ろに引っ掻き、頬の皮を剥いだ。
「うげぇぇ!!」
 顔の皮が剥がれ、中から金属の骨格が現われる。
 奇行でしかないおぞましい光景に気持ち悪くなる。
 混乱、驚き、グロテスク。一朗太は夢かと思って自分の頬を叩くが、目覚めはしない。当然、現実だ。

「おいおい、星獣の死骸とか見てるだろ。この程度で」
「この程度ではありません! どこの世界に若い女性が自分の顔の皮剥ぐ光景を見る場面がありますか!」
 何か問題が生じたと思い、MPシャイニング陸式は気遣った。
「コレはわたくし自身の証明になります。お気を悪くされましたなら、笑いますが」と言って笑顔になる。
 笑顔の目は、漁期犯罪者が獲物を見つけて喜ぶような見開き目。恐怖を増長させ不気味でしかない。
「止めろ止めろ! 分かった! 君がアンドロイドというのは分かったから、元に戻しなさい!」

 命令に応じ、顔の皮を戻すが、傷跡が目出ってしまう。

 顔の皮を整えたMPシャイニング陸式は、左腕の袖にあるファスナーを開けた。そして露わになった左腕の肘部分を右手で押さえる。すると左腕が、ふで箱のように開く。
 一際目立つ白い軟膏が一朗太は気になった。他にも細々こまごまとしたものが備わっているが。

「な、なんだそれは!?」
「補修薬です。大がかりな傷は治せませんが、こういった些細な傷口へ塗り込めば、細胞促進を早め、およそ一時間後には消えます。ですが、生身の人間には効果がありませんのであしからず」
「いや、いやいやいや」(そうじゃない!)
 言いたい事は多い。
 奇行に走らず、腕の薬剤入れを見せればそれでアンドロイドの証明だったのではと思える。

「補足情報として」
 東条は一朗太の混乱など構わずに淡々と説明する。
「左腕には治療用の、右腕は開かんが武器が備わっている。そうでなくとも、ただでさえ強い。彼女の扱いには気をつけたまえよ」

 説明し終えた達成感が滲む顔を向ける東条だが、一朗太はまだまだ聞きたいことがある。

「いや、そもそもなぜアンドロイドを?」
「昨今、多種多様な星獣案件がひしめき合っていてな。我が社と別の二社の三社で強力な兵器を制作したのだよ。そして試作段階で出来たのが彼女だ。あらゆる条約に引っかかってしまうため廃棄処分となったんだがな、完成度が高く潰すのが惜しいというメカニックサイドの気持ちを考慮した。そして兵器としての機能をある程度抑え、さらなる改良により人間らしいものに仕上げた。ここまで聞いて察しているとは思うが、あまり目立ち過ぎることをするなよ。我が社としてもスキャンダルは避けたいのでな」
(何故俺に預けた?!)
 そんな重要機密的存在のアンドロイドを、新設する課に置くなどどうかしているとしか思えない。

 一朗太は一度興奮した感情を抑え、次の質問をした。

「……彼女の生い立ち等、は、分かりました」
 あまりはっきりと分からない。そして、分かりたくもないし、誰かに責任を丸投げしたい気持ちでしかない。
「それより、名前ですが……」
「MPシャイニング陸式かね? 型番だと長ったらしいし覚えにくいだろ」
「いえ、なぜそのような名前に?」

 東条は再び表情が険しくなる。
 嫌な予感がするも、それはすぐに的中した。
「社長だよ」
(やっぱり)
 ついつい心で納得の声が漏れる。
「まだ削減できたほうだ」
「え、もっと長いのですか?」
「ハートパープルマリンパインシャイニングミラクル陸式、になりかけていた」

 思考が停止し、もう一度東条に訊くと、嫌気が大いに溢れる顔で復唱した。

「なんですか、可愛いを寄せ集めて失敗したキラキラネームみたいな名は」
「愛娘が嵌っているキッズアニメからもじったそうだ」
「けど、陸式って?」すぐに嫌な予感が浮かぶ。「……まさか、格好いいからとか」
 東条は深く息をつくように、「その通りだ」とぼやいた。

(なぜ陸式? むしろ試作段階なら、零号機ぜろごうきとか、0式れいしきとか零式ぜろしきとかのほうが格好いいのでは!?)
 あえて一朗太は訊いた。
「なぜ、陸式で?」
「字面が気に入ったそうだ。これ以上文句があるなら、社長へ直談判してくれ。話は以上だ、君の課は資料に書いてある」

 すぐにでも話を終え、去ろうとする東条だった。

「常務、一つ宜しいでしょうか?」
「なんだ」鬱陶しそうに返される。
「彼女の素性を隠すなら、名前を変えても宜しいでしょうか。できれば呼び名だけでも」
「好きにして構わんが、今在る名前からもじって考えろよ。社長にバレでもしたら、後々五月蠅いからな」
 言うだけ言うと、常務は会議室から出て行った。


 星獣対策特士課。
 本当にその名前の部屋が三階の隅の部屋に出来ていることに驚きつつ、一朗太とMPシャイニング陸式は入った。

 中には会議専用の部屋のように、長椅子二台とパイプ椅子六脚、向かいの壁にはホワイトボードが設置されている。倉庫に眠っていた備品をそのまま引っ張り出したような簡易な部屋である。
 ちゃっかりカレンダーが、何故か一月の新品状態で壁に掛けてあった。
 狭い部屋だが、幸い片方の壁には窓があり日当たりも良い。換気が出来て陽光が入るだけで気分はマシになる。
 一つ懸念があるとするなら夏は最高に暑くるしい部屋となる。何故ならクーラーがないからだ。

「色々問題山積みの部屋だな。しかし新設した部署というのはこういうものだ。とりあえずは成果をあげていこう。そうすれば部屋の改善も取り計らってくれるだろうからな」
 一朗太は前向きだった。“逆境にこそ最高のチャンスがある”と、父から教わり育った。どのような苦難であろうが、それは自らの試練なのだと。

「了承しました。隊長」
 返事を聞く限り、何かが違うと感じる。
「まず先に、君の呼び名から決めようか」
「わたくしは、ハートパープルマリンパインシャイニングミラクル陸式、改め、MPシャイニング陸式です」

 また改め。どうも気になってしまうが、とりあえずはほうっておいた。

「その名をこれから呼ぶには少々危険だ。君は一応、極秘扱いだからな。ある程度は人間らしいものにしたい。……そもそもMPとはなんだ? 魔法でも使うのか?」
 有名RPGゲームにおける、MP(マジックポイント)が頭に浮かんだ。
マリンMarineパインPineのイニシャルです」

 呆れて物が言えない。そして、愚問と気づく。改良前の名前を読み解けば分かる事だった。
 そもそも、キッズアニメで使用されたとして、どういった関係性があるのか分からない。

 ハート……心。
 パープル……紫。
 マリン……海。
 パイン……パイナップル。
 シャイニング……明るい、輝いてる。
 ミラクル……奇跡。
 陸式……?

 さっぱり分からない。

「ったく困ったな。新たに名前を作るなと言われている手前、別の日本人女性らしい名前が付けられないからなぁ……あぁ」
 三十秒ほどで問題は解決した。
「君はロクシキ君と呼ぼう」
「陸式ですか?」
「いや、それは本名のイントネーションだ。陸式ではなく、ロクシキ。クで上がる感じだ。まあ、イントネーションなどどうでも良いが、とりあえずはそれでいこう。誰かに聞かれても、これを苗字として通せる」
「では、わたくしの呼び名をロクシキで登録します。……名前の方はいかが致しましょう」
「高性能AI搭載なら何か考えてみてくれ。MPシャイニングからでも、ハートパープルマリンパインシャイニングミラクルからでも考えてくれ。早急にとは言わん、いざという時に出ればそれでいいからな」
「了承致しました」
「その返答も変えよう。妙に堅っ苦しい。そうインプットされたのか?」
「はい。他には、承りました。御意のままに。ご主人様の仰せのままに。ウチ、そんな女やないで」
 最後だけ妙にいじらしい仕草が加わる。
(いや違う!!)「待て待て待て待て。おかしい、ことごとくおかしいな」

 ロクシキは平常に戻り首を傾げる。

「余計な言葉、いや、色々無駄が多すぎる。とりあえず、俺との会話において、承認する際は”了解しました”か、”はい、分かりました”でいい。言葉を端折り、”了解です”や、”はい”だけでもいいが、それは経験して君なりに使い分けてくれ。学習機能も備わってるんだろ?」
 返事は頷いて返される。
「これでは先が思いやられる。ああ、ロクシキ君が悪いのではなく、インプットされた内容が危険を孕んでいる。これから度々訂正させてもらうが、気を悪くするなよ」
「わたくしはアンドロイドですので、メンタルコンディションなどというものは御座いません。萩野一朗太様」

 再び訂正点を見つけた。

「萩野さん、もしくは……」
 隊長、と呼ばれるのも恥ずかしい。
 少し考えて返事する。
「今のところ、この中では隊長、萩野隊長、にしてくれ」
「星獣対策特士課内という理由はなぜでしょうか?」
「まだ呼ばれ馴れてないだけだ。屋外で呼ぶ機会は追って報告する。それまでは課内だけにして頂こう」
「了解しました」

 早速教えた事を実践されるのは嬉しくあった。

「ところでメンタルコンディションとはいうが、精神面や心の問題といったものだろ。アンドロイドには備わってないのか?」
「心の機能と呼ばれるものは、事細かに分散した反応や感情の機微をデータ化する必要が御座います。ですが現時点でわたくしにそのような機能は備わっておらず、新たに機能をインプット、もしくは機種を改めなければなりません」

 妙に改めの言葉が引っかかるが、ロクシキは何も間違っていないので何も言えない。

「まあいい、アンドロイドの機能性などはさっぱりだからな、何か変化があれば俺に報告するんだ。一応、部下の問題だからな」
「了解しました」

 話を終えると、入り口が開き、一通の封筒を持った東条が入室してきた「どうだ、仲良くやってるか?」
 一朗太は一礼すると、予め備わってる機能なのか、ロクシキも丁寧にお辞儀した。余計な言葉をインプットしているのに、こういった細かい配慮が妙に腹立たしくあった。
「早速だが、ここに行ってもらいたい。少々厄介な星獣が現われたからな。寄生型の撲滅対象だ。必要資材などは資材管理課に通してある」
 東条は一朗太の胸に拳をコツリと当てた。
「期待しているよ」
「は、畏まりました」

 部屋を出る東条を見送ると、一朗太はロクシキのほうを向いた。

「早速の初陣だ。しっかり成果を上げよう」
「はい。萩野隊長」
 前途多難だと思っていたが、どうにかやってイケそうな気持ちになれた。



 午後3時40分。

 とある山間の採石場跡地へと一朗太とロクシキは訪れた。

「……これはまた、長丁場になるなぁ」

 採石場跡地には、紫と濃緑のヘドロがべっとりとまき散らされていた。
 ヘドロはすべて微動していた。資料には一日で5センチずつ範囲を広げているとある。また、土中に雑草の根のようなヒダを伸ばしているとも。
 一朗太は火炎放射器のタンクを背負い、もう一つをロクシキへと手渡した。

「かなり広範囲だが、二人でやれば早く終わる。地道な作業だが、こういった下積みを経験して、課の知名度を上げていこう」

 火炎放射器を渡そうとすると、ロクシキは遠慮の仕草を見せ、採石場跡地のほうへ向かう。
 アンドロイドが仕事を選ぶのか? と思いつつ、一朗太はロクシキを呼んだ。

「おい、隊長命令だ。嫌でも」
「生体反応ゼロ。星獣タイプ・寄生。浸食機能アリ。毒性ランクB、人体へ及ぼす被害甚大。危険星獣として認識致します。浸食範囲、許容。地中浸食範囲、許容。これより速やかに排除に移ります」
 事態を分析したロクシキは、左手で右肘を掴むと、右手が落ちた。
「へ?」
 呆気にとられる一朗太を余所に、ロクシキは右腕を採石場跡地へと向けた。すると、腕の穴が白く光りだした。

「これより寄生型星獣の殲滅に移ります」
 言うと、腕から白い光線が上空へ発射された。
 上空で光線が一塊の光る球体へと変わると、間もなく打ち上げ花火のように爆発して散り、次々に白い礫の雨が採石場跡地へと降り注いだ。

 危険を察知した一朗太は、その場から離れて岩場に身を隠した。
 降り注がれた礫は、星獣を貫き、地面をえぐり、炎の柱を上げた。
 採石場跡地は、瞬く間に火の海へと様を変えた。しかし火は長く残らず、次々に消えていった。

「殲滅ミッションクリア。寄生型星獣の消滅を確認」
 ロクシキは右手を手に取り、一朗太の元へと向かった。
「萩野さん。対象を焼却致しました」

 右腕の焦げ具合、妙に陽炎を纏わせるその有様から、まだ熱いと思われる。

「……お、お疲れさま」

 黒焦げの採石場跡地の惨状は、一朗太に深いため息を吐かせた。

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