星獣対策特士課のアラタメさん 2話

 採石場跡地の一件を終えた3日後。一朗太は東条に呼び出された。

「……萩野君」
 鬱屈した想いが籠る溜息を吐き出すように、名を呼ばれた。
 声のトーン、表情、雰囲気から、お褒めの言葉など無いと判断出来る。
「あれほど気をつけたまえと、口を酸っぱくして教えただろ? 忘れたのか?」

 そこまで言っていない。説明の合間にぽろっと挟んだくらいだ。
 とは言え、言い返そうにも反論を許さんという威圧が向けられる。

「申し訳ありません」
 理不尽。もっと機能性の説明をして欲しいところだ。
「まあいい。幸い、誤魔化しがきく案件だった。前々から放火処理にあったっていたと口実が立つからな」
「……常務、宜しいでしょうか」

 この際、ロクシキの機能性において危険度を確かめようと思った。

「何だね?」
「ロクシキ君の攻撃力、というのは、いかほどでしょうか?」
「どうしたね。MPシャイニング陸式ではなくなったのか」
「機密優先を考えた際、ロクシキにすれば苗字だと誤魔化せますので」

 東条が微笑んだ。一朗太に妙な安堵感に包まれた。

「君は悪運が強く頭が良いのだろうか……。何にせよ良い判断だ。その調子で彼女……ロクシキ君かな。私も呼ばせて貰うとしよう。上手く扱ってくれたまえ。ああ、失礼、ロクシキ君の攻撃力だったね」
 ロクシキが気に入ったのか、やたらと連呼されるのが気になる。
「はっきり言うならロクシキ君一体で50の大型星獣は消し飛ばせる」

 絶句した。というより、驚愕の事実で思考回路が停止した気分だ。
 地球上すべての軍事組織を相手取れる兵器とも言い換えられる。

「ロクシキ君の性能は、使い手が間違えれば殺戮兵器だ。人類滅亡も夢ではないかもな」
「……なぜ……そのような危険物を」

 一朗太は声を絞り出した。
 東条は鼻で笑い、得意気な顔を向けた。

「メカニック側のロマンだからだよ」
(な、何だとぉっ!)
 まさにアホの理由。しかしアホの理由であれ、情熱を注ぎ込めば最強にして最凶の兵器が仕上がるのだから情熱は侮れない。

「か、彼女にそこまで膨大なエネルギーが備わってるのですか」
「少々厄介な星獣から取り上げた物質によるものだそうだ。ロクシキ君内部の制御装置のおかげで、普通のアンドロイドとして扱えているが」
(アンドロイドの存在自体が普通なのか?)
 ついつい反論が心の中で漏れる。

「何であれ、その物質から放出されるエネルギーを使い切らない限りは、最凶兵器ロクシキ君のままだ」
 随分とロクシキが気に入られた様子だ。しかし今の一朗太にはどうでもいいことだった。
「……つまりアレですか。星獣対策において、小出しにロクシキ君の力を使っていけ、ということで?」
「小出しはまだまだ危険だ。“超”小出しだ。チャッカマンで火を点けるぐらいの制限でも人間を平気で殺せてしまうからな。兵器だけに。……はははは」
 笑えない。この状況でどうでもいい親父ギャグ。心底笑えなかった。
 それでも一朗太は上司の手前、無理に笑うしかなかった。
「は、ははは。ははははは!」
「はははは、ははははは!」
 一朗太の目は、困惑の気持ちが含んでいる笑顔に見えた。それでも、笑い続けた。



 星獣対策特士課にて。

 戻ってきた一朗太は、真面目に事務作業を行うロクシキの姿を見て、本当に人類を滅亡に導ける兵器かどうかを疑う。しかし採石場跡地での星獣排除光景が蘇ると、現実に戻される。
 星獣処理を最優先にしての行動だが、手っ取り早くすべてを終わらせる考えは危険だ。場所と状況が変われば課の存続どころか、危険物所持として拘束。性能が性能だけに死刑に至る危険性は大いにある。

 そんな兵器が、十日分の事務業を一日で終わらせてしまいそうな高速で完了させている。駆除作業にばかり思考が囚われているが、よくよく考えても、言い訳のネタがない内は事務作業も考えものだ。

 処理が一段落ついたロクシキは、立ち上がり一朗太へとお辞儀する。

「お帰りなさいませ隊長」
 頭を上げると微笑みが付け加えられた。その愛らしさに悩みが杞憂なのではと、心がぶれそうになる。
「あー、ロクシキ君、訂正を求めるよ」
 すぐに笑顔が消え真顔になる。その変貌ぶりは、普通の人間なら、演技で笑っていたとさえ疑いたくなるほどだ。

「訂正点は何処でしょうか?」
「課の者が戻ったら、「お疲れ様」、もしくは「お疲れ様です」としよう。丁寧さを貫く性格にしたいなら、“です”を付けるほうが好ましい」
「名詞は何処にお付けすれば?」
「前でも後でも問題ない。あと、仕事中はわざわざ立たず、その場で言えばいい」

 訂正を終えると、一朗太は自分のデスクへと向かい、全身を椅子に預けた。

「酷くお疲れのご様子ですが」
「大抵のサラリーマンはこうだ。自分より上の役職の者を相手するときは酷く疲れる」
「ロールプレイングゲームにおいて、いきなり中ボスを相手取るようなものでございますか?」
「どこからそんな情報が加えられてるんだ。まあ、間違ってはないが、社会ではそんな簡単な表現ではないぞ」
「設定は、東条様からです」

 疲れがさらに加わった。もしや、ロクシキは東条が送り込んだ“嫌がらせ兵器”なのではないかと疑いたくなる。
 一朗太は気を取り直して椅子に座り直した。

「ロクシキ君、今後の事も踏まえて君には星獣処理方法を改めて頂きたい」
「……と、言いますと?」
「君の力の源は理解したよ。ただその力は人間社会においては司法の前で扱いを問いただされかねないものだ」
「御言葉ですが隊長、星獣対策特士課の本懐は星獣の根絶では?」
「いや、それも改めて頂きたい。もはや星獣は人間社会に溶け込み、共存している種も大勢いる。すべてを根絶すれば大きな戦になりかねない。我々は有害星獣の処理、星獣絡みの細かな案件を処理することが目的で設立された課だ」
「……では……わたくしはどのように……」
「かなり力を制限して問題解決に当たれば良いだけのことだ。その力は出力と扱いを間違えなければ、殺戮兵器ではなく頼もしい味方だ。君も、まあアンドロイドなのだから当然だが、賢く忠実に働いてくれる。これからの働き、期待しているよ」

 ロクシキは丁寧にお辞儀した。

 一朗太は部屋の入り口すぐ傍に設置してある『案件ケース』と題された箱に目を向けた。二人が留守中に案件が届いた場合、この中に入れて貰えるように社内に働きかけている。
 箱を開け、中にA4サイズの封筒が入っていた。

「さっそく案件が来た。すぐに移りかかるぞ」
「はい、隊長」

 封筒を開け、二人は中身を確認した。



 件の星獣は、またも害獣指定の寄生型。知的検査もランクが一番低いF判定。危険度はD判定と、街中では危険度が高い存在である。
 性質は生ゴミや生物の死骸の傍を好み、触れて時間が経つと対象を消滅させている。捕食されていると現段階では認識されている。

 街の掃除屋として一部界隈では囁かれているが、一定量の捕食を終えると体内から毒素を排出する。それを吸うと人体の免疫力を低下させ、量が多いと意識不明の重体まで陥る。
 物理的攻撃は効かず、潰されても分断されても活動し続ける。注意点は、分断すれば肉片の数だけ活動を続け、一時間で大きさが拳大まで膨れ上がる。どの種も最大容積が決まっており、膨張の限度があるのは幸いである。

 見つけ次第速やかに火炎放射器や急速冷凍で処理するが、街中でそういった武器はない。そのため発見次第通報するのが常識だ。
 今回、発見者はマンホールへ入っているのを目撃した後、興奮と焦りでマンホール中へ火を付けた新聞紙を投げ入れる行動をとってしまった。
 下水道内のガスに引火し、爆発事件に至ったが、件の星獣はまだ活動を続けていると報告が入った。
 場所は下水処理場。

「隊長、本作戦はどのように遂行を?」
「場所によるが、火気の取り扱いは厳禁とされている。もしもの場合を考え、小型冷却器を使う」

 前回同様、小型タンクを背負って行う。小型といえ危険物であるため、全身防護服着用となっている。

「小型だが危険だ。対象以外には放出せず、機械の多い所でも扱いを控えるんだ。壊れでもしたら一大事だからな」
「時間がかなり経過しますが」
「それが仕事だよ。今回は範囲が広く複雑だ。手分けしての作業だが、何かあり次第、通信してくれ」

 耳に当てた通信機を指差した。

「了解です」

 一朗太は下水処理場の地図を広げ、分担エリアを指示した。
 二人はそれぞれの場所へと向かう。

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