見出し画像

問題解決より、なぜ犯人捜しをするのか

こんにちは(こんばんは、おはようございます)
これで何とか4日連続投稿です。
皆さま、スキやフォローいただき、ありがとうございます
大変励みになります。

週末なので内容はシンプルにします。
※タイトルはクドイですが、イラストは可愛くしました。

早速ですが、仕事をすると当然問題が発生します、どれだけ注意して、先々段取りしていても問題というのはゼロになりませんよね。
その問題が発生したときは「問題解決」が最優先事項なのはどんな場面でも変わらないと思いますが、
なぜか、不思議と「犯人捜し」が始まります。
警察官や検察官、税務官など以外は捜査権ないんですがね、、、笑

会社や組織においては褒章懲罰がありますから、最終的には誰かが責任をとる、担当者の部署や上司に担当者というところでしょうか、内容により経営者責任を問われる場合もあります。

管理・監督すべき立場が通常責任者のハズなのですが、何でしょうか、これを避けようとするが如く、担当者責任にしようと躍起になったりする場合があります。(非常に不思議な光景です)

当然、事によっては罰しても善いでしょう。
しかし、問題がまだ解決していないウチの問題発生時点なら問題解決すればよいのにそれよりも先に犯人捜しをする。
私、思うんですよね、問題解決前に犯人捜しをする人は問題を大きくしたいのだろうかと、問題解決には状況確認と情報収集に現場対応が必要なので、結構な労力を要するのにも関わらず、ほんと不思議です。

それと、部下だけの責任にするのもどうかと、上司としての管理監督責任はいずこ、、、? こうなると、ハッキリ言いますが、狂ってます

もう少し言うと、初動対応を迅速に行うには、情報収集で状況確認ですが、これらの情報と状況に曖昧な面が見られると感じた瞬間から現地に出向く必要があります。
既に報告すらままならない状況ということなのですから、
しかし、「なぜ、ちゃんと報告できないのか?」、「もう一度確認して報告するように、」などは、よくも悠長に言えたものだと思います。

私が思うに、問題のほとんどは、
人に対することよりも「状況や環境」「人間関係」「モノ」
であることが殆どです。

なぜそのようなことになったのかを、担当者、上司、部下、同僚、場合により顧客や協力業者から聞き取りをするなかなか手間の掛かる作業を行い、「事実」「現実」の両面から確認して、本当の問題点や犯人が見えてくるはずです。

突然ですが、警察官が犯罪の捜査をする場合でも同様です。

ではなぜこのように、直ぐ犯人捜しに至るのでしょうか。

それは、第三者が調べないからです。

たとえば、犯罪捜査を例にすればわかりやすいと思います。
加害者と被害者の二人が当事者、その事件を捜査するのは双方の家族や友達ではなく、警察です。 警察の立場は捜査権をもった第三者です。

もし、これが家族や友達が事件を捜査した場合は、どう考えても公平中立にならず恣意的に捜査しますよね、身内や仲間は大切にしたいのですから、当然です(いや、そんなことは無い!という、大変な正義感ある人もいるでしょうが、ここはひとまず、、。)

そこに愛があるとどうしても感情が入り込むのですから仕方ないのです。
でも、それでは世の中の秩序は保てませんから、国家権力である警察が捜査権をもって捜査する、つまり法治国家ですね。

非常に簡単ですね、このように例えを用いて抽象化すると見えてきますが、現実社会では恣意的な部分が否めないのです。
会社や組織に国レベルの法治は求められないかも知れませんが、できる限り公平で中立に、感情を入れないことで恣意的になるのを避けるために、
「事実」と「現実」で対処する、しかし、それは当然手間暇がかかる。
ということであります・・・。

あまり詳しく書くのもどうかと思い、
今回はここまでの説明として、
あとは皆さまのご想像におまかせし、
考えるキッカケにしていただきたいと思います。

何かしらの参考となりましたら幸いです。

皆さま、本日もご覧いただきありがとうございます。
また来週も、よろしくお願いいたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?