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【エッセイ】君への帰り道


君への帰り道


 ゼミ生で年越しそばを食べる会の予定がクリスマスの夜から昼に変更になったことにより、ゼミ生たちはクリスマスの夜の予定に空白ができた。学生最後のクリスマスの予定が、ゼミのみんなで年越しそばを食べるだけでは物足りない。このままではクリぼっちになりかねないと切迫していたゼミ生たちは、クリスマスの夜に飲み会を開くことになった。

 大切な君とはクリスマスイブに一緒に過ごすつもりだったし、実際存分に楽しんだ。僕にゼミの飲み会を断る理由はなかった。

 中学生や高校生みたいに教室があるわけじゃないから、同じ学科とはいえ毎日顔を合わせるわけではなかったし、学年が上がるにつれ選択履修の授業が増えていったから同じ授業を受けることも少なくなっていった。しかも僕らはコロナ元年に入学した大学生だから、入学式もコンパも文化祭も全部奪われてしまった。環境のせいもあって、仲が良いと胸を張って言えるほど、この学年の関係性は熟していないという寂しい空気があった。

 でも、乾杯の一声でそんな空気は吹き飛んだし、それがおざなりのものだとしても、この瞬間だけは胸を張って言えた。

 僕らは仲が良いって。

 中学生や高校生が入学してから卒業するまで3年。そう考えると、僕らはあの頃よりも長い時間、同じ場所で同じ時間を共有していることになる。さっきも言っていた通り、毎日顔を合わせていたわけではないけれど、四年という時間は侮れない。

「え、なにその顔。飲むペース遅いって言いたいわけ?」

 そう口を尖らせたのは、僕の隣にいた彼女。僕が3杯目を注文しようとしたときに、彼女はまだ最初のビールの半分しか飲んでいなかったから不思議に思ってしまったのだ。彼女はガールズバーに近いカラオケバーで働いていたこともあって、めちゃくちゃ呑む印象があった。

「私も変わったんですぅ。大人の飲み方をするようになったんですぅ」

 なんてことを言ってくる。だから、責めているわけではないって。

 やっぱり4年という時間は侮れない。ひとりの人間の趣味嗜好価値観が変わるには十分すぎる時間。

 運ばれてきたハイボールを胃に流し込みながら、僕は4年前に思いを馳せる。

 僕と彼女が付き合っていた頃を。

 コロナ真っ只中の1年生。あらゆる制限があったとはいえ、その制限のなかでもがくように楽しもうとしていたのも事実で、ひとつの恋が始まり終わるくらいには充実していた。

 友達以上恋人未満の時期がいちばん楽しいよね、なんて言うけれど確かにその通りで、名前のない関係でいた僕らは毎日のように電話をしていたし、遠くの過去を見せ合ったり、遠くの未来を眺めたりした。そんな時間が6月から8月まで続いて、9月の半ばに僕らは付き合いを始めた。名前のない関係に、名前をつけたのである。

 付き合う前はあんなに盛り上がっていたのに、付き合ってからはその炎は小さくなっていって、2ヶ月もしないで距離を置く選択をすることになった。星の見えない公園で、僕はずっと待ってるよと伝えたけれど、翌年の6月に正式に別れた。

 別れたとはいえ、喧嘩別れをしたわけではないし、同じ学科だったし、関わる機会も少なくなくて、なんだかんだ仲良くやっていた。付き合っている頃よりも仲が良くなっている気がした。

 別れてから向こうの家に行ったし、こっちの家にも来た。別れてから向こうの彼氏とのことで相談に乗ったし、こっちの恋愛相談にも乗ってもらった。別れてから呑みにいったし、その勢いでさらっと手をつないだ。

 ほら、4年という時間は侮れない。

 大学生の飲み会なんてだいたい展開が決まっている。複数人で呑んでいたって、結局2つか3つくらいにグループ化する。ひとりやふたりは恋の悩みを持っていてそんな話に花が咲く。そして、誰かが潰れる。

 僕はこういう空間が、とっても愛おしい。

 飲み会が終わった後もだいたい展開が決まっている。カラオケに行って歌いまくる。それだ。テンプレートに則って、一次会を終えた僕らは快活クラブへ向かった。

 カラオケで面白いことがあった。

 RADWIMPSの「そっけない」を歌っていたら、元カノが一緒に歌うと言い出したのだ。元カノは歌が上手い。カラオケバーで働いていたくらいだ。盛り上げるためにハモるくらい朝飯前に違いない。

 僕らは一緒に、「そっけない」を歌い上げた。

 僕はこれが好きだった。関係を捉え直すこと。前の関係の頃よりも充実した時間をつくること。今の関係になって良かったとお互いが認め合うこと。その全部が好きだった。

 関係の名前が変わったって、それでふたりの絆の糸が断ち切られるわけではないんだ。

 3年経った今もこうして、「そっけない」を一緒に歌っている。

 元カノとだって、ハモれるんだ。


 ……MONGOL800「小さな恋の唄」

 ……GOING STEADY「銀河鉄道の夜」

 ……H Jungle with t「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~」


「彼氏が迎えにくるから先帰るね」

 1時を過ぎた頃だったか。そんな捨て台詞を吐いて、元カノは部屋を出ていった。空気を読める人だけど、読みたくなくなったらすぐに読むのをやめる人だった。そっけないときは、とことんそっけない人だった。

 残された僕らもしばらくは歌い合っていたけれど、新しいお客さんが来たから退室しなきゃいけなくなって、快活クラブを後にした。

 深夜の1時半を過ぎていたからきっと寝てるんだろうなと思っていたけれど、ダメ元で君に連絡してみた。さすがに電話はかけない。ダイレクトメッセージで「起きてる?」と送信した。

 酔っ払ってるってことは、好きな人に甘えたくなってるってこと。

 夜遅くに連絡してこないでなんて怒られたら、そんな言い訳をして謝ればいいかって思っていたけど、杞憂に終わった。

 君が起きていたから。

 他のゼミ生たちは大学に寝泊まるらしい。それはそれで面白い夜になりそうだったけれど、僕は断った。君との夜を選んだ。

 なかなか充実したクリスマスだった。夜空の星を数えながらそんなことを思った。些細なことだけれど、ひとつ後悔を思い付いた。元カノと一緒に歌った「そっけない」という曲は名曲に違いないけれど、そこに思い入れはなかった。僕と元カノの思い出の曲は別にあった。同じRADWIMPSの曲で、「告白」というタイトルのラブソング。結婚式の披露宴で使われることもある。僕は式場でバイトしているんだけど、エンドロールのBGMとして流れているのを何回か聴いたことがあった。

 この世界が言うには絶対なんてないけど
 内緒で今 作ろうよ

RADWIMPS「告白」

 そんなサビの歌詞をなぞって、「僕は君の絶対」なんてセリフを口にした記憶もある。あのときはふたりで盛り上がっていたけれど、結局僕らは別れたわけだし、この世界の言う通りだったななんてあきらめるように未練を抱きしめて泣いた日もあった。別れてからの方が仲良くなったから、名前は変えながら関係が続いていくことは絶対なのかなと合理的解釈も試みた。それはそれで僕はステキな結論だと思っているけれど、長年連れ添った夫婦は煌めいている。自分の未来と、相手の未来を重ねて、永遠の愛を育てていく。そんな風にして絶対をつくりにいく。やっぱり王道に勝るものはないんだから、僕もそんな絶対に憧れる。

 だからね。

 元カノとつくれなかった絶対を、君とつくりにいく。

 それがそっけない彼女に贈る、僕なりのそっけない返事だった。

 君への帰り道を急ぐ。

 階段の段をひとつ飛ばしで駆け上がる。

 アパートの扉が開かれた。

「ただいま」

「おかえり」



※このエッセイのはじまりはこちら↓↓↓



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