見出し画像

【姉枕】激しく打ち寄せる波の、一瞬の静寂


 右に日本海、左に久美浜湾。
 その境界線には真っ白な砂州が伸びていたのだ。
「小天橋……」姉さんが呟いた。
「小天橋?」
「うん。砂州が日本海と久美浜湾を隔てる橋のようになっているやろ。三キロぐらい続いているらしいで。まあ、お姉ちゃんもここに来る前、ちょっと調べてきただけやけど。夏は海水浴場にもなっているんや」
 何もないと思われた港町の端っこにこんな幻想的な景勝地があったなんて。
 砂州の日本海側は、穏やかな久美浜湾とは比べものにならないぐらい波が打ち寄せていた。びゅうびゅう、と潮風も強く、姉さんの黒髪もなびいて、桃の香りもした。
「このへんで、ええか」
 波打ち際から数メートル離れたところで、母さんは立ち止まり、振り返ってきた。
 海水浴シーズンはとうに過ぎているとあって、三キロメートルはあるというロングビーチには僕たち以外、人影が見当たらなかった。漁船が数隻、沖合で揺れているだけだった。
 僕はまた不思議な感覚になった。かつてこの三人で、狭く、暗く、トタン板に覆われた貧しい家で、寝食をともにしていた。そんな三人がいま、悲しいほど開放的な、真冬の広々とした砂州に、ゆうゆうと佇んでいる。時刻は午後三時半を過ぎたぐらいだろうか、まだ日は高いものの、この時期は日没も早い。あと一時間もすれば、海に夕日がさしかかるだろう。
 姉さんを見ると、潮の香りをふんだんに嗅ぐように、瞳を閉じて、大きく息を吸っていた。そして何か、決心を固めたかのように、息をゆっくり吐いた。
「お母さん」
 激しく打ち寄せる波の、一瞬の静寂をついて、姉さんは声をかけた。



第五章「砂州……………十八歳」より


4月5日発売 定価 770円

楽天ブックス、DMMブックス、コミックシーモア、U-NEXT、紀伊国屋書店、Googleブックス、Kindleなど40以上のオンライン書店で発売。
現在、先行予約も受付中です。

匠芸社・シトラス文庫刊

表紙デザイン……彼女、
モデル……………ちづ姉さん
撮影………………夢路歩夢
編集………………若林育実
著者………………柚木怜

出版社  匠芸社
レーベル シトラス文庫


【予約注文はこちらから】

Kindle

楽天ブックス

コミックシーモア

bookwalker

Google books

honto

ブックライブ

【作品紹介】

生まれた時から父はおらず、飲んだくれのふしだらな母は、愛人の家に入り浸りで子どもの待つ家にはたまにしか帰ってこない。そんな家庭環境で育った春吉は幼少期に、五歳年上の姉・夏子が「してくれたこと」をずっと忘れられないでいた。

『明君のお母さんと僕』『お向かいさんは僕の先生』などノスタルジー溢れるポルノ小説でおなじみの、郷愁の官能作家・柚木怜が綴る──貧しい生活の中でも逞しく生きようとする、姉弟の禁断性愛ストーリー。


著者プロフィール

柚木怜(ゆずき・れい)

京都出身、東京在住。1976年生まれ。
23歳の頃よりフリーライターとして、週刊誌を中心に記事を執筆。30歳の時、週刊大衆にて、初の官能小説『白衣の濡れ天使』を連載開始(のちに文庫化されて『惑わせ天使』と改題)。
おもに、昭和末期を舞台にしたノスタルジックで、年上女性の母性溢れる官能小説を手がける。
また、YouTubeチャンネル「ちづ姉さんのアトリエ」にて、作品を朗読配信中。

著書

『惑わせ天使』(双葉社)
『おまつり』(一篇「恋人つなぎ」 双葉社)
『ぬくもり』(一篇「リフレイン」 双葉社)
『初体験』(一篇「制服のシンデレラ」葉山れい名義 双葉社)
『明君のお母さんと僕』(匠芸社 電子書籍)
『お向かいさんは僕の先生』(匠芸社 電子書籍)
『キウイ基地ーポルノ女優と過ごした夏』(匠芸社 電子書籍)
『邪淫の蛇 女教師・白木麗奈の失踪事件 堕天調教編』(匠芸社 電子書籍)
『邪淫の蛇 夢幻快楽編』(匠芸社 電子書籍)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?