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▼日常▼ADHD当事者が生きる世界を、ゲームプレイすることで体験する『ADHDventure』【月の裏側のビデオゲーム】

【月の裏側のビデオゲーム】とは、メインストリームと外れた場所で、ビデオゲームの可能性を追求するタイトルを特集するものです

▲シーズンテーマ『日常』に参加しているテキストです

発達障害の一種であるADHD(注意欠如・多動症)の当事者が生きる世界とは、果たしてどのようなものなのだろうか。『ADHDventure』は、言葉では伝えづらいそうした多様な脳とともにある人々の日常を、ミニゲーム形式のさまざまなタスクに取り組むことで体験するシミュレーションゲームだ。


本作はitch.ioの公式ページからウェブブラウザでプレイでき、クリアまでの時間は10〜15分ほど。日本語への翻訳には対応していないものの、作中のテキストは簡易な英語のみで表示されボリュームも少なめとなっている。


執筆 / ドラゴンワサビポテト
編集 / 葛西祝

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ゲームを開始すると、今にも押しつぶされそうな表情を浮かべた人物がテーブルの下に膝を抱えてうずくまっているのが目に入る。どうやらこの人物はAlexという名前であること、そしてADHDの当事者ということが明かされる。

多くの刺激にさらされ一時的なパニック状態となっているAlexは、そんな自分の人生を“旅”に見立て、同行してみないかとプレイヤーを誘う。かくして『ADHDventure』の物語は幕を開ける。本作のタイトル名はゲームジャンルとしておなじみのadventureとADHDをかけた造語である点にも触れておきたい。

場面が変わると、Alexの部屋へと案内される。プレイヤーは光っているオブジェクトを選択することで、Alexが直面している困りごとを手助けできるという。試しにパソコンをクリックすると拡大されたモニター画面に3種類のアイコンが現れ、それぞれに用意されたタスクを済ませてほしいと頼まれる。各タスクの内容は「メールの送付」「仕事への集中」「画像の分類」。これらの作業をミニゲームとしてプレイするのだが、本作ならではの特徴はADHD特有の現象が反映されたゲーム性になっていることだ。

分かりやすいのは、「仕事への集中」のミニゲームだ。これをプレイすれば、おそらく発達特性を理解する手がかりとなるだろう。

モニターに映る数々のアクティビティを並べた言葉の群れのなかから、「Work(仕事)」を正確に見つけ出し選び取っていくというものだ。単純なゲームに聞こえるかもしれないが、これがやってみると意外に難しい。

何しろ制限時間30秒以内に20回も「Work」をクリックしなければならず、一度押すたびに言葉の配置がランダムに変更される。そのうえ誤った言葉を選択してしまうとカウントがひとつずつ減っていくペナルティまで設けられており、相当の反射神経を要することもあって初見でのクリアはほぼ不可能に近い印象だ。


筆者である私も7年前にADHD(多動・衝動性優勢型)の診断を受けて以来、自身の特性と向き合い、関連する知識や情報を得ながら過ごしてきた。その短い経験を照らしても「仕事への集中」のミニゲームには深く共感できる。ついチャットの雑談で盛り上がってやり取りが止められなくなったり、日用品のストックが尽きるのを恐れ突発的に買い物へ出かけたりして一切の進捗がないまま時間だけが過ぎていく……なんてことも珍しくない忙しなく跳ね回るボールのような日々を思うなどした。

そんな自分ともどこか重なるAlexは、他のPCタスクにおいてもデスクワークを続けるさまざまな阻害要因にさらされている。スマホの着信に集中を乱されキーを打つ手が止まったり、カフェイン摂取の必要に頻繁に迫られ作業を中断したりと、そのままならなさはこの文章を元に想像するよりも、実際にプレイすることで解像度の高い体験となって具体的に感じられるはずだ。



さらに上記とは別に、ベッドでの睡眠タスクも存在する。ここでは眠りにつくためにヒツジを数えるものと、次々と頭に浮かんでくる考えを整理して精神を鎮める2種類のミニゲームがある。

入眠時における思考の奔流については当事者批評で知られる横道誠氏の「地獄行きのタイムマシン」という比喩が問題の本質を巧みに表現している。時間を跳躍し過去のネガティブな記憶が突如としてよみがえり、一度その自動装置に乗せられてしまったら降りることが困難な生のつらさは、三大欲求のひとつである睡眠さえもタスクとして完遂せざるを得ないAlexの姿にも通じ合う。


以下に引用する作家の春野あめ氏のXへの投稿もまた、寝つけないAlexとさながら鏡映しのようだ。『ADHDventure』やこの記事をきっかけに脳機能の多様性に関心を持たれたかたは、ADHDの当事者である春野氏が描いたコミックエッセイ『発達障害が理解されにくいワケを自分で考えてみた』もご覧いただけると、その複雑さを知る糸口として役立つことだろう。


本作を手がけたolha.solodovnyk氏に関する詳細は、調べた範囲ではあいにく見つけられなかった。しかしストアページにはGoogle Formsへのリンクが貼られており、作中に込めた意図やゲームデザインが効果的に伝わっていたかを評価するアンケートが13の項目に分かれて記載されている。作品のステータスがプロトタイプと登録されていることからも、今後さらなる開発が進められる可能性も期待できそうだ。

なおストアページの紹介文には「Get frustrated(イライラする)」と書かれた箇所を二重線で打ち消したうえで「ENJOY your playing experience」と記されていた。こうした軽やかな発想の転換により、思い通りにならざる世界に身を置くことも胸が高鳴るアドベンチャーとして楽しめたら、そこには新たな人生の冒険が待っているのかもしれない。



ドラゴンワサビポテト
YouTubeチャンネル「ねこかにクラブ」でインディーゲームの紹介などをしています。ゲームライターとしても活動。
●Twitter:@dashimaruJPN公式サイト

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