九十九

九十九.レイナ.ノア

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最近の記事

溶解して凝固せよ #10

ヒトの悪意の多彩さに驚かされることがある。ヒトは不安になると、自分が誰かより上か、下かというポジションを確認することで安心したがるものらしい。「あの人は自分よりも悪い状況にある、自分はあの人より幸福だ」と認識することで、自分が最悪の場所にいないと思い込みたいのである。どんな事実を捻じ曲げても、なんとしてもそうしたい不安なヒトの精神状態は創造的だ。 「人はただ安心するためにニュースを聞いているだけなんだ。」と書いたのは安部公房だったか。誰もが「最悪」に対して孤独のまま飛び込ん

    • 溶解して凝固せよ #9

      「見ているもの(観察者)」が「見られているもの(対象)」に本質を影響されるかどうか、ということを考えていた。 アヴァンギャルド芸術を好いている人はアヴァンギャルドか。 美しいものを好きでいる人自身に美しさが備わるのか。 パンクを聴く人が漏れなくアナーキストか。 確かに似た性質を持つ事柄や存在に興味を持つことはあるし、ティーンの頃までに好きになったものや見たものに抗いがたいほどの影響と呪いを受けるのが我々であると思う。しかしそれ以外の場合はどうであろう。自分の本質と似ても似

      • 溶解して凝固せよ #8

        私は頑張っている というアピールは、ある場面においては、不幸自慢と同じ意味になる なぜならみんな頑張っているからだ、とは言わない。頑張っていない人も居る。頑張らずに周りの人間が全てを片してくれるような境遇に生まれたお嬢さんもお坊ちゃんも居る。頑張っています、という内容のものをキャッチコピーにした現代ヒューマンの広告はある場面においては「私(たち)は恵まれた境遇にないのに手持ちのカードでここまでやっていますよ」という意思表示だ。「容姿に恵まれていないのに」「実家の経済が太くな

        • 溶解して凝固せよ #7

          そうだよね、この世界で生活するのはとても骨が折れるし、息が苦しいし、いつも身体は痛いし、心はひび割れているよね。割れたらもとに戻らないし。それでも生きていて欲しかったよ。わたしはあなたに、生きていて欲しかったよ。少しでも笑って、みんなでお酒でも飲んで、美しいものを美しいと言って、おいしいものを食べて、それでみんなで歳をとれたらよかったな。あなたにとってその容れ物の生活が、そんなに息苦しいものだったのだと、わたしは気がつけなかった。あなたがちゃんと笑ってくれるから、愚かなわたし

        溶解して凝固せよ #10

          溶解して凝固せよ #6

          わたしはとっくに目的を失った目で世界を見ていた。行動をしないのはゴミだ、という認識と、思索のない生活など虫と同じだ、という思考と、わたしはもうずっと昔に好きという熱量をどこかに置き忘れていて、好きだけを原動力にして無機質なアスファルトの道を闊歩できるヒトたちとは違うのだ、という凍った心、それから他にもたくさんの諦観や怒りの交差。

          溶解して凝固せよ #6

          溶解して凝固せよ #5

          たまに、自分自身が昔に書いた文章を読んで「なぜこんな小難しいことを言っているのだろう」と思うことがあり、実際に読み込んでみてもそのときに考えていたことが思い出せない。けれど、妙に昔の自分が言っていることにも納得できたりする。こういうことがあると、過去の自分をくだらないと一蹴するよりもむしろ、感情やそのときの自分なりの論理性のようなものを尊重して自信を持ってなにもかも書いておくべきだ、という考えに至る。 いまの自分が正しいとことを言うとは限らない。それは過去も同じである。もち

          溶解して凝固せよ #5

          Web個展「悪徳と美徳」ステートメント

          12月ですね。今年の制作を、ふりかえっております。インスタグラムに2022年の主な制作とお仕事で作らせていただいたものを載せております。 ☞ https://www.instagram.com/iamreina_xy2 昨年から今年にかけて行ったWeb個展「悪徳と美徳」では、初の試みでNFT版とキャンバス版をそれぞれopensea、ネット通販にて販売しました。またやりたい。 ご高覧くださったみなさま、お買上げくださったみなさま、ありがとうございました。ますます精進して参り

          Web個展「悪徳と美徳」ステートメント

          溶解して凝固せよ #4

          知り合いがすごいことを成し遂げたからといってそれを見ている自分が成果を上げたわけではないし、誰にも偉ぶっちゃいけないし、知り合いがすごい人と肩を並べているからって自分がその人に成ったわけではないし、誰でもすごい人の真似をすることから始まるけど、筋肉の使い方も脳も考え方も見た目もその人になることはできないし、自分に適した努力をすることでしかすごい人には近づけないし、努力は全然裏切るけど、自分で考えた努力ならなにかは手元に残るし、それさえできなかったら憧れには絶対に近づけないし、

          溶解して凝固せよ #4

          溶解して凝固せよ #3

          人々のいつまでも増殖していく自己愛を眺めている。過去の自分自身について言い訳をすることのほうが簡単で、未来に対して誠実でいることの方がよっぽど難しいことなのだ、ということを感じる。 いや、わたしは快楽に見を投じることが悪いと言っているのではなくて、自分や他人と共に立てた約束に誠実でいられないことが善ではないと言いたいのです。つまり、例えば快楽主義のアリスティッポスと同じくらい信念をもって快楽を支配しそれに負かされないならば、それは自分自身との約束を果たしていることになる。

          溶解して凝固せよ #3

          溶解して凝固せよ #2

          ヒトは意味を求める。この色はなんのためにあるのか。この配置の意図はなんなのか。モチーフがあらわすものとは。解釈の選択によって描かれた絵画を飾ることが表現だと考えられているようである。 意味意味意味意味意味意味、現実の作品は果たして、そんな意識のもとで作られたものばかりなのか。シュルレアリスムはどうだ、オートマティスムはどうなのだ。彼らの作品を分析するのはこちらの勝手であって、分析を進めれば進めるほど彼らの無意識の深化からは遠ざかるような気がする。意図された無意識の結晶である

          溶解して凝固せよ #2

          溶解して凝固せよ #1

          静かな夜だ。こんな日は、左眼が右眼の存在に気が付く前に眠ってしまいたい。 世の中、比較対象がある「御意見」のほとんどには「そのどちらが正しいとか正しくないとかは別として」という言葉が注釈で挿入されるだろう。そうでないとはなから世界のパワーバランスなどというものは存在しなかっただろうし、宗教なんてものはとっくの昔に世界でたった一つになるまで滅ぼされていたに違いない。民族という単語すら残っていたかどうかわからない。単一の社会、たったひとつの地平線でわたしたちの魂はどこを漂ってい

          溶解して凝固せよ #1

          上杉周大さんシングル「参ろう」ジャケット制作について。

           ご無沙汰しております。九十九です。北海道も桜が咲く季節となりましたが皆さまいかがお過ごしでしょうか。  なんとこのたび、上杉周大さんのデジタル配信シングル「参ろう」のジャケットアートワークを担当させていただきました。ブギウギ専務と聞けば皆さまおわかりでしょう。あの上杉さんです!  「参ろう」は、ひとたび聴くだけで前向きな疾走感を覚える楽曲です。上杉さんからは「大丈夫!もう一度始めよう!と大きな声で歌うための曲」、「始まりの歌」であると伺い、この混沌の世界に対して喝を入れ

          上杉周大さんシングル「参ろう」ジャケット制作について。

          2/21~2/27、或る日の日記

          或る日の日記15  その昔、亡き父とよく飛行場へ赴いては軍用機や旅客機を眺めていた。一緒に沖縄へ旅行に行ったときは、嘉手納基地近くを訪れた。間近で飛ぶ輸送機やF-15を見てそのかっこよさに純粋無垢に心を躍らせていたのを覚えている。  わたしは大人になってからも、戦闘機を見るのが好きだった。今はそれが兵器を載せているということも知っているし、使い方次第で人の命を奪うものだということもわかっている。そもそも争いが無ければ必要がないものだが、どこかに争いがあるから必要になるのだ

          2/21~2/27、或る日の日記

          2/14~2/20、或る日の日記

          或る日の日記13  札幌・豊平公園の売店で観葉植物を買った。カラテアのシャインスターと、ネフロレピス・ツデー。カラテアはずっと欲しかった植物で、絶対に"オルビフォリア"か"葉の裏が紫になっている種類のもの"を最初に迎えようと思っていた。ら、きまぐれで行った公園の売店に売っていた。聞くに、最近までカラーリーフ(模様や葉の色がうつくしい植物たち)の展示をやっていたらしい、わたしが行ったときにはもうカラテアの在庫はふたつしかなくて、シャインスターとピンクスターが並んでいた。カラテ

          2/14~2/20、或る日の日記

          2/7~2/13、或る日の日記

          或る日の日記11 あれかこれがありさえすれば、幸せになれるだろうと信じることによって、われわれは、不幸の原因が不完全で汚れた自己にあることを悟らずに済むようになる。(エリック・ホッファー)  あえて言う、モノを売ったり集客しようとしている人はわざわざこんなこと言わないだろうけど、世の中いかに「お金を使わせるか」「消費させるか」という宣伝で溢れていて、SNSだって例外ではない。他愛ないように見えるつぶやきにもマーケティングが隠れているし、コミュニケーションに見えるものが利益

          2/7~2/13、或る日の日記

          1/31~2/6、或る日の日記

          或る日の日記10 すべての事物は、彼の必然と呼ぶところの渦巻がすべての事物の生成の原因である(デモクリトス)  この2年で状況が変わってしまったものってあまりにも多いと思うのだけど、本当は「元々そうだったもの」の表出が激化しただけで本質的なところは誰も変わっていないのだと思う、変わったように見えるものも、その素因がなければそうはならない。みんな大切なものを素直に大切にしようと激しい行動をしてしまっているだけ、根本はそれだけだ。あいつはくだらないやつになっちまったな、と思う

          1/31~2/6、或る日の日記