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引っ越したけどしっくりこなくて、前の街に出戻りした話

自営業夫婦、コロナ禍での暮らしを考えて。
6年間住んでいた都内を離れ、同じ沿線にあった郊外の街に引っ越したのは、わずか6ヶ月前のことだ。前のマンションの2倍もの広さがある部屋は、都内ではなかなかお目にかかれない広々とした4LDKの賃貸。夫婦2人がそれぞれ同じ時間にリモート会議を入れてたってなんら支障はない。近隣のスーパーやドラッグストアにはもれなく大きな駐車場があり、マイカーライフも充実。私はこの街でペーパードライバー講習も受けた。あちこち徒歩で散策してお気に入りのベーカリーや食堂も見つけた。そのたびに「これ都内だったら+200円はするんだろうなァ…!」と絶妙な物価の安さを肯定した。週末は子どもたちと近所の公園へ出かけたり、これまでアクセスしたことのなかったエリアのレジャースポットを攻めたり。新しい街に馴染むべく、あちこち出かけた。

だけど、だけど。引越して1ヶ月を過ぎても、3ヶ月を過ぎても、5ヶ月を過ぎても。夫婦2人して「なんでか馴染めない。前に住んでいた街が恋しい」と。子供が寝静まったあとに会話を交わすことが日常になった。

なぜ。前に住んでいたエリアは、結婚してすぐに住み着いた街だ。当時はまだ子供を産むことは考えていなかったけれど、いつか犬が飼いたいと緑溢れる公園にアクセスしやすいペット可のマンションだった。高層マンションが少ない街、全戸30にも満たない低層マンションでは、近隣住人たちともあっという間に顔見知りになる。住み始めて2年、私の膨らんだお腹をみて「あれ、もしかして? おめでとうございます!」とエレベーターで出会う人に声を掛けられたり、声を掛けたり。

地方出身で上京してきた私たちが、住む街の温かさや、この街に暮らしているという実感を得られたのは初めてのことだった。隣人夫婦の子供の妊娠から出産も、さらにその弟の出産も見届けたし、下の階の住人が新しく犬を飼うのも、向かいのお家で飼っていた子が亡くなるのも見届けた。スーパーの店員さんも顔なじみで「こんにちは」とレジで声を掛け合う。警備員のおじさんが「おはようございます」と通行人に声を掛ける。なんというか、みんながこの街を愛していて、良くしようとしているような不思議な空気がそこにはあった。noteでバズったあのお肉屋さんの存在は、言うまでもなく。

街のあちこちに畑があり、たくさん採れる野菜を買いに並んだ。今年もそろそろこの季節だねえ、と、保育園のお友達たちと大根掘りイベントに参加する。食べきれない分は近所におすそわけ。さらに特筆すべきはハロウィンの楽しさで、外国籍のファミリーも多く住んでいることから、街全体が本気のハロウィン仕様になる。10月に差し掛かると家の外に装飾を施し、魔女や骸骨、飾りを横目に、ハロウィンの夜に回る家をリサーチするのだ(飾り付けをしているお宅には、当日の夜に「Trick or Treat!」と知人でなくとも突撃しても良いというルールはこの街で初めて知った)。仮装した子どもたちがキャッキャと声を挙げながら街を巡回する、お祭り騒ぎのハロウィンの夜。まだ赤ちゃんだった息子と横目に見ながら、数年後にはこの一大イベントに参加するのだろうと密かに楽しみにしてきた。そうやって、季節うつろう街の楽しさをゆったりと味わいながら、私たち夫婦は4人家族になっていた。

で、件の郊外への引越し話が出たわけだ。
惜しみつつ、惜しまれつつ、盛大に送別会をしてもらって、郊外への憧れを胸にこの街を出た。広い部屋に住めるワクワクはあれど、6年間住んだ大好きな街を離れるのは寂しい。マンション解約の連絡をして2週間後には「この部屋に次に住む方が決まりましたよ」と管理人さんが教えてくれた。「犬を飼ってるみたいです」という情報付き。嬉しいような切ないような。夫は「新しい住人の人、引越しで困ることないかな? 手伝ってあげたい」とまで言っていた(笑)。この街を離れようとしていながら、大好きなこの街に歓迎したい気持ちが溢れまくってる。転出届を出すのもなぜかギリギリまで粘ってしまった。

引っ越して、半年経ち。新しい街に子どもたちはあっという間に慣れていく。それなのに「なんか違う」「前の街に戻りたい」だなんて。「コロナだし都内にこだわる必要ない!」「書斎ほしい! 広い部屋ほしい!」と前のめりに引越しを推し進めていた自分は、口が裂けても言っちゃいかんと思っていた。「子どもたちを巻き込んでまで引越してきた責任がー」って。

だけど、だけど。かつての保育園のお友達に「新居どう?」と聞かれるたびにモゴモゴしていた。ぽつり悩みを漏らすと「きっと慣れの問題だよ〜!」と明るく励まされる。そうだといいなあと思いつつ、そもそも私はこの街に慣れたいんかいな? と自問した。末期である。というか、大好きな街があるってこういうことなんだろうな…。

「もし一年後も同じように悩んでいたら、思い切って戻ろう!」

引っ越してからも毎日のようにスーモを眺めている夫と、ついに結論を出す。住む街へのこだわりや、人生の優先順位、収入の何割を家賃やローンに費やすべきか? ということは人によって考えはさまざまだろう。このあたりの価値観が夫婦でバシッと合ったのは本当に良かった。日頃どうでも良いケンカを連発して周囲を心配させる私たち夫婦だが、「お金がいくらかかろうが、部屋がどんだけ狭かろうが、やっぱりあの街に戻りたい!!!」という考えだけは見事に一致。子供たちを育てる環境や学区はもちろんのこと、毎日どんな気持ちで家に帰りたいのか? どんな気持ちで目覚めたいのか? まで。大事に思うことをすり合わせた。慣れない街で、絆はめちゃ深まった。

家探しは、本当にご縁とタイミングだ。
ついにある日「あれっ、なんかここ素敵じゃない?」と思う素敵な物件を見つけ、迷わず申し込みを入れる。前に住んでいた家からまさかの徒歩5分足らずの場所。夫婦ともに自営業だが、なんとか無事に審査も通った。「またあの街に戻れる…!」そう決まった瞬間に心が踊る。踊りまくる。

都内から郊外への引越し、そしてやっぱり都内が良かったと約半年での出戻り。「賃貸とはいえ、アホらし〜!」と自分が嫌になるけれど、暮らしに関しては、実際に住んでみないと分からなかったことがあまりにも沢山ある。半年間とはいえ、私たちに大切なことを気づかせてくれた街なので、後悔は一切していない。年に2度の引越しで発生した労力と費用も、長い目で見れば大したことない(と言い聞かせている)。

新しい街に馴染めなくてどうしよ… なんてグズグズ悩んでいたけれど。ちょっと待ってよ、私にはこんなに大好きな街があったんだよ。上京して10年、別に身寄りがいるわけでもないのに「一生ここで暮らしたい」と思える街ができたなんて、それってとても素晴らしいことでない? 別に転勤とかじゃないから戻りゃいいわけだしさ。帰りたい街が東京にあるって素敵じゃない? 

郊外の街が特に不便だったってことは全くなく、むしろ都内よりも格段に便利で暮らしやすかった(徒歩圏内の大きなスーパーやドラッグストア、座敷のあるチェーンのラーメン店、あちこちに点在している小児科など)。だけど、フリーランスのフルリモートとはいえ、常にフットワークは軽くいたいよな、とか。旦那は意外と出社するようになったな? とか。ウーバーイーツのラインナップにワクワクしたいな、とか。犬を連れて歩く素敵なご夫婦を見て「あんな風に年取りたいな」と憧れたり、理想の環境に身をおいて自分をストレッチさせたり、私たちまだまだこれから! と30代自営業夫婦が夢を抱くには、都内が最高の環境すぎたのかも。まあどれもこれも「ミーハー」という言葉で片付く(笑)、地方出身者ゆえの感覚かもしれないけれど。

新しい家の間取りと契約書を眺める。
前回の引越しで「リビングの開放感が」「近所にスーパーが」などとほざいていた私が、「リビング狭いけど別にいい! スーパー遠いなら、ネットスーパー使えばいいし! ていうか、あの街に住めるならなんでもいい!」とまで思っている。次のハロウィンも、正月も、子供の七五三も。子育てをしていると特に、住んでいる街ごと思い出になるのを実感する。もう離れないよ、、、!

都内への出戻り引越しが決まってから、私は新しい服をポチっていた。大好きな街に似合う服が着たいのだ。ただの日常にワクワクできる幸せ、これぞ東京。「コロナ禍、都内から離れて郊外へ」というパターンはとても多いと思うけれど、こういう出戻りパターンもあるってこと。人生で大事な経験のひとつとして、書き残しておきたい。

「引っ越し先の街に馴染めない」、完、でした。

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