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「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」 △読書感想:歴史△(0026)

「鉄の王国」のイメージから一歩脱却してヒッタイトの実像を広く知ることができる一冊です。
(本記事/ 文字数:約4300字、読了:約9分)

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。


「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」

著 者: 津本英利
出版社: PHP研究所(PHP新書)
出版年: 2023年

ヒッタイト帝国勢力図 
《引用》 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_Hittite_rule_en.svg  
Attribution: Near_East_topographic_map-blank.svg: Sémhur derivative work: Ikonact, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

<構成>

全体は十三章で構成されています。大きくいうと5つに分けることができると思います。
序章として第1章でヒッタイト人について概説されています。第2章から第6章は区分された時代ごとにヒッタイト帝国の通史が述べられています。第7章からは第10章まではヒッタイトの国家像が各論点から解説されています。第11章・第12章ではヒッタイトの社会構造が説明されています。最後に第13章で歴史の彼方に消えたヒッタイトが再発見されるまでの経緯が語られています。

<ポイント>

(1)ヒッタイトの通史を概観できる。
ヒッタイトの誕生、王国の成立、発展拡大して帝国化していき、周辺諸勢力との相克そして滅亡までが通史として概説されています。著者は考古学者でありその発掘成果と合わせてヒッタイトの歴史が紹介されています。
(2)ヒッタイトの国家・社会・文化などが総合的に解説されている。
これまでの発掘成果(遺跡や出土した粘土板などの文献史料等)から現在、解明しているヒッタイトの国家像や社会実態そして文化的側面などが総合的多面的に解説されています。

<著者紹介>

津本英利
古代オリエント博物館研究部長
そのほかの著作:
「古代オリエントの世界」(山川出版社)
など。
リンク先:
researchmap (科学技術振興機構)


※本書本旨に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。

<私的な雑感>

私のような単なる歴史好きのシロートからしますと「ヒッタイトといえば『鉄』」「世界で初めて製鉄の本格的実用化に成功した国」などという先入観しかありませんでした。本書はそのような先入観や偏見をバージョンアップしてくれる書籍ではないかと思われます。

繰り返しになりますが、個人的には正直なところ、「ヒッタイトといえば『鉄』」というイメージ。古代オリエントにさほどの予備知識もないので本当にその程度の浅薄な知識しかありませんでした。
しかも初めてヒッタイトのことを知ったきっかけは漫画です。藤子・F・不二雄「T・Pぼん」出てくる1つのエピソードでのなかです。このなかでヒッタイトが季節風を利用して製鉄を可能にしていたということがテーマになっており、その独創に強いインパクトを受けました(同作品ではそのアイデアが考古学者・大村幸弘氏のものであることが記載されています)。それっきりで、とくに古代オリエントには手を伸ばしてこなかったのですが、書店で本書を見つけ、その当時を思い出して手に取ってみた次第です(恥ずかしながら…)。

本書のサブタイトルは「『鉄の王国』の実像」となっておりますが、ヒッタイトの製鉄について新説を大胆に展開するとか、これまでの言説を強く否定する、などはメインテーマではありません。むしろ、「ヒッタイトといえば『鉄』」としてしか語られる機会が少なかったような「ヒッタイト」という国のそれ以外の面の社会や文化などの幅広い側面にスポットを当てて、「ヒッタイト」をより広く深く知ってもらうために書かれた書籍という印象でしょうか。

著者は考古学者であり実際にヒッタイトの発掘にも係わられている研究者です。したがっておもに考古学的側面からきっちりとヒッタイトの明らかになった事実を解き明かしてくれます。またヒッタイトの言語・文字などの文献史料(発掘された粘土板に刻まれた文字)から多くを引用されていらっしゃいます。解読された文献の原文(もちろん一部ですが)を読むことができるところも特徴的ではないかと思われます。

様々な長年にわたる研究の成果として、ヒッタイトの誕生から発展、衰退そして滅亡へといたる歴史が語られ、合わせてその当時の政治・宗教や文化などのヒッタイトの社会的特徴が紹介されています。考古学的な成果が中心になっているためでしょうか。とくに王や王族の事績、そして王権の基礎となる宗教に関する面がとくに手厚くなっているかと思われます。発掘資料として長く残るのはどうしても戦争での勝利の喧伝や宗教的行事に係わることが多いためでしょうか。

もちろん製鉄に関する話もあります。とはいえ、意外なことに、ヒッタイトの製鉄については考古学的にいまのところ大きな成果があるようではないようです(私のようなシロートが勝手に抱いていた「鉄」のイメージの期待に応えるような、という意味で)。むしろ近年ではヒッタイト以前にすでに本格的な製鉄が始まっていたのでは?とも考えられているようです。

そういうわけで、本書は「ヒッタイト=鉄」というシロートの期待にいろんな意味で面白く(例えば斬新な新説をぶち上げるとか先入観を激しく打ち砕くとか…)応えてくれるわけではありません。それでもヒッタイトにすこしでも興味を持っていた人に、その実像を教え諭してくれるとても有難い書籍だなーと感じました。

興味のある方はよかったらどうぞ。

<本書詳細>

「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」 (PHP研究所)

<こんな方にオススメ>

(1)ヒッタイトについて知りたい
(2)鉄器文明やその歴史に興味がある
(3)古代オリエントの文明や歴史が好き


ハットゥシャ(現トルコ共和国、ボアズカレ)のライオンの門
《引用》 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lion_Gate,_Hattusa_01.jpg
Attribution: Bernard Gagnon, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

<鉄は宇宙なり>

「鉄は国家なり」といったのは近代のドイツ帝国の大宰相・ビスマルクでした(正確には彼の発言そのものではなくその演説に由来するようですが)。「鉄」は現代社会・文明で必要不可欠です。これまで(とくに近現代で)経済的に大発展を遂げた国はたいてい自国で製鉄業を育成しています。イギリス、アメリカ、日本そしていまならば中国でしょうか。

彼の言葉を借りてそれを大袈裟に敷衍すれば、「鉄は宇宙なり」とまでいえるかもしれません。生命にとっても不可欠です。赤血球・ヘモグロビンの主成分のひとつは「鉄」です。鉄が酸素と結びついて、人間(動物)の身体を駆け巡り、酸素を行き渡らせてくれています。さらに地球の核は「鉄」がメインです。この重い元素である「鉄」があってこそ、初めて物質を集積して惑星が形成されることができたともいえるのではないでしょうか。

そんなわけで、「鉄」は過去も現在もそして未来も人間(生命)や宇宙にとって欠くことのできない素材のひとつである、といえると本書を読んで思い返した次第です。


<補足>

ヒッタイト (Wikipedia)
古代オリエント博物館 ※公式サイト
中近東文化センター ※公式サイト

<参考リンク>

Web記事「製鉄の起源を探る」(視点・論点) (NHK)
書籍「鉄を生みだした帝国」 (NHK出版)
書籍「古代オリエント全史」 (中公新書)
書籍「人はどのように鉄をつくってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」 (講談社)
TV番組「NHKスペシャル アイアンロード~知られざる古代文明の道~」 (NHK)

敬称略
情報は2024年1月時点のものです。
内容は2023年初版に基づいています。


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」
0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
0025 「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」


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(2024/02/02 上町嵩広)

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