オナカマの記憶

私は山形に生まれたのだが、確かにこのような話を祖母が言ってたのを思い出す。

多分、山形にしかない、盲目の土着の巫女さんだ。

祖母が何かあると

「オナカマのどさ(所に)行ってくる。」

といって出かけて行ったのを覚えている。自分には縁のない存在だったが、恐山のイタコに近い存在だというのを聞いていた。

目が見えない女性が、修行を積んで口寄せを行うのだそうだが。私の子供の頃には、まだまだ、確かに街に一人はそのような人がいたと思う。

0歳から5歳までの間、私は、そこに書いてある村山地域に住んでいたことがあって、祖母が足繫く通っていたのを知っているが、多分、5歳下の弟と9歳下の妹は、そんな存在がいる事など、全く知らないし聞いた事も無いはずなのである。

で、弟の誕生を機に、父の職場のあった最上地域に引っ越しを果たし、ほどなく、私たち一家を追いかけて、祖母も移住してきた。

そんな祖母が、ふと
「ここいらのオナカマが、あそごの角のアパートにいるんだど。」

それは、私が小学校に通う道の途中にある小さな雑貨屋の隣にある、当時でもかなり築年数の経ったアパートだった。普通、そういう人というのは、祭壇だのをひたすらに立派にこしらえた前に座って、仰々しいものだと思っていたのだが・・・かなり築年数の過ぎた、お世辞にも立派とは言えない古びたアパートに住まいしているようだった。

ある時のこと。

私は小学校の友達と歩いてて、そのアパートを通りかかった時に、祖母の真似をするように

「ここいらのオナカマが、このアパートにいるんだど。」

と、隣にいた友達に話しかけた。

「オナカマって何や?」

と。別にそんな大きな声で喋っていた訳では無いのに。

突然

ガラッ!

とガラスの窓が開く音がした。

ビックリした私と友達は、恐る恐るその方向を見ると。

盲目の眼をサングラスで覆った、一人の老人の女性が、まるで目が見えるかのように、こちらを真っすぐ見据えていた。

こんな小学生の立ち話など、とても聞こえるような距離などではないのに。

それに室内にいる人が、そんな小学生の他愛もない立ち話など聞こえるはずも無かろうに。その女性は無言のまま、じっとこちらを見据え。

何を言うでもなく、こちらを伺っていた。

まあ、祖母は、引っ越してきた地で何かあったらと思って、誰かから、その土地のオナカマの事を聞きつけてきたに違いないが。

私は、何か言い知れぬ不思議なものを見たような気がして、そのまま、友達を促してその場を立ち去った。いつしか、そのアパートもなくなり、そこにいたオナカマの老婆は、どこへ去ったのかも知らぬが。

ただ、その不思議な記憶は、40年以上経った今でも、頭にしっかりと焼き付いて離れない。

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