見出し画像

5. ステージ4(76.3km)後編/サハラマラソン2019

(前編からの続き)
1時間後にセットしていたアラームをスヌーズしまくって、結局どれくらい仮眠を取っていたのだろうか、辺りを見回したら閑散としている。

やばい、ゆっくりし過ぎたかも(*1)!

慌てて寝袋やiPhoneをザックにしまい、CP5を目指す。
今度は足場が変わって、もふもふくん(*2)である。例年はイラつく足場なのだが、さっきまで石ゴロゴロで苦戦を強いられていたので、今回は命拾いをしたかのように有り難かった。

CP4で仮眠をとってゆっくりし過ぎたため、体力がそこそこ回復したのか、CP5には思ったより早く着いた。しかし、かなり後方になってしまったのか、例年は選手たちで賑やかなはずのCP5が閑散としている。とりあえず、甘いお茶を頂いて暖をとる。

例年は選手たちがゆっくりくつろいでいるデッキチェアがバリバリ空いているではないか。ちょっと1時間だけ、、と誘惑に負けて、デッキチェアで仮眠をとる。今度はスヌーズせずに、きちんと1時間ほど仮眠をとり、頭がだいぶんスッキリした状態でCP5を出る。

CP5をすぐに出たところで、やつれ切り、悲壮な顔をした韓国人選手イムとばったり会った。イムは私と同い年のママさん選手だ。
「レナ、、(涙)」
イムの声が相当疲れ切っている。体調不良で、レース中に何度も吐いたという。そういえば、セウンもそんなこと(*3)を言っていたな。
「大丈夫?」
「それよりも、ヘッドライトが・・」とヘッドライトのスイッチを私の前でカチカチしてみせる。ああ、スイッチが入らなくなったのか、、。オーバーナイトステージでこのアクシデントはさすがにキツイな。
「じゃあ、私のヘッドライトで足元照らすから、一緒に行こうか。」

一緒にCP6に向かう間、イムはずっと
「ここでレナと会えて良かった。私は嬉しい。」
とずっと言い続けている。と言っても、彼女は英語が得意ではないので、片言の英語に加えて、ハングル語が混じる。でも、不思議なことに彼女の言わんとしていることが伝わってくるのだ。

イムは疲れ切った様子でずっと私の後をついてくる。
誰かが頼ってくることで、自分がしっかりしなくてはと、歩くには辛い状態だったにも関わらず、不思議と力が湧いて、そんなことが気にならない。

Youはなんでサハラマラソンへ?
イムはマラソンの経験が全くなく、マラソン大会と呼べるものはこのサハラマラソンが初めてだという。5年前に韓国人女優がサハラマラソンに挑戦したドキュメンタリーを見て、自分もいつか出場したいと思ったと言う。

「え?それ、リーさんのこと?私知ってるよ。そのドキュメンタリー番組に私もちょっと出てたよ。」
「えー!」とイムもびっくり。

当然のことながら、家族からは本当に大丈夫か?と心配されたという。
そりゃ、そうだろ。

日が昇ってきたので、ヘッドライトをしまい、サングラスを取り出す。
「あれ?サングラスがない!」
と、イムが動揺し、ザックを下ろして、ザックの中に手を突っ込んで探し始める。ランニングウェアのポケットや、ポーチ、あらゆる場所を探すが出てこない。
「CP5で休んでいる時に落としたのかもしれない!」
と、ここからCP5に戻ろうとするくらいの勢いでパニック状態だ。
「レナは先に行ってて!」
と、さっきちゃんと見たはずのザックの中をまた探し始める。こんな彼女を見捨てて、先に行くなんてできるだろうか。

「ここからCP5に戻るのは無理だから、日が昇りきる前にCP6に行こう。CP6でスタッフに事情を説明しよう。それにCP6に行くまでの間に、スタッフ車両が通るかもしれないから、そしたら止めて、事情を説明しようよ。彼らに探しに行ってもらおうよ。」
と何度も説明するが、英語をあまり理解しないイムにどこまで伝わったかわからない。とにかく、分かりやすい単語を使って、まずはCP6に向かおう、と言うしかない。

「レナはもう先に行っていていいから。GO! GO! 」
もうパニクったイムを説得するのは無理だと判断した。
「じゃあ、先に行ってるから、CP5に戻ろうとだけはしないでね。」

ずっとザックの中をガサゴソと探し続けるイムを置いて、時々、後ろを振り返りながら、CP6を目指す。
しばらくすると、すごい速さでイムが歩いてきて、私に追いつき、
「先にCP6に行ってるから。」
と言い残し、抜いて行った。一体どこにそんなパワーが潜んでたんだ。

しばらく一人で歩いていると、前方にイムらしき人ともう1人誰か女性選手がいて立ち話している。近づき、話しかけてみると、
「ほら、これ!」
とイムが嬉しそうにサングラスを見せる。
「えー?どうしたの、これ?」
「サブリナが貸してくれたの!」

ちょうど前を歩いてたドイツ人カップルに事情を説明したら、
「私、(予備)持ってるわよ。」
と、サングラスを貸してくれたのだと言う。
「つか、サングラスの予備持ってる人ってそうそういないんだけど?」
「砂嵐が起きた時のためのサングラスなのよ。」
とサブリナが言う。あー、確かにゴーグルっぽくなっている。

すげー!イムの引き寄せすげー!
ピンチになると必ず誰かが現れて助けてくれるってすげー!

「じゃ、(先を歩いている)旦那を追っかけないと。」
とサブリナは私たちを残し、足早に去って行った。

再び、イムと2人きりになった。
「じゃあ、行こうか。」
2人でCP6を目指す。サブリナから借りたサングラスをつけたイムは道中ずっと機嫌が良い。
「レナは私の友達。韓国に来たら絶対遊びに来てね。うちは仁川空港の近くだから。」と、片言の英語とハングル語のミックスで喋り続けるイムが急に黙った。

「あ、あれ、嘘でしょう?!」
目の前には川があり、その先には急勾配の山が見え、そこを登っている選手の姿を捉えた。ここって普段はワジで、干上がってるところじゃないの?
え?オーバーナイトステージの後半で山登りって初めてなんですけど?
これいつものペースで行っていたら、真っ暗な時間帯に通過していたのか。

2人でぶちぶち文句言いながら山登りをする。
なんか2人の距離がめっちゃ縮まった気がするよ。

最後のチェックポイント、CP6ではレナがいるはずだったのだが、あまりにも遅い到着だったせいか、彼女の姿はなかった。
さあ、あと5kmでゴールだよ!イムと2人の士気が上がる。

ゴール手前の3kmくらいのところでまた川が、、。
綺麗な川だったので、イムが写真とろうよーと写真撮影が始まる。川の向こうにスタッフ以外の誰かがいる。近づくとイムのテントメイトだった。あまりにもイムの戻りが遅いので心配して、様子を見に来たとのこと。

イムとイムのテントメイトが一緒に歩き始める。
私は距離をとって彼らのちょっと前を歩く。後ろから聞こえてくる2人のコミュニケーションが面白い。英語とハングル語なのに、なぜかちゃんと話が成立している。イムのテントメイトは彼女がハングル語で言っていることを、確認するかのように英語でオウム返しする。それにイムが頷く。

「一緒にゴールしようよ。」
振り返りイムに話しかけた。ゴールゲートが近づくと、テントメイトの彼はゆっくりと一旦フェードアウトして、私とイムが一緒にゴールした。

ひゃー、今までで一番長いオーバーナイトステージでしたわ。
ゴールした時は翌朝10時近くになっていた。


(*1) 結局、2時間半ほど仮眠をとっていたようだ。
(*2) ワジと呼ばれる場所で、大雨で増水すると川になるのか、足場が固いと見せかけて、踏んだらモフッと沈むので、歩きづらいのはもちろん、見た目とのギャップにイラッとストレスが溜まる。
(*3) イムがずっと調子が悪く、何度も吐いていると。

---------

___
●第4ステージ(オーバーナイトステージ)
[開催]4月10-11日(水、木)
[距離]76.3km
[スタート]
1ST GROUP/8:29(日本時間 17:15)
2ND GROUP/11:12(日本時間 20:12)
※2ND GROUPは総合上位の男子50名と女子5名
[制限時間]
・1ST GROUP
到達制限
CP1/ 4時間05分(現地10日 12:20)
CP2/ 8時間20分(現地10日 16:35)
CP3/12時間25分(現地10日 20:40)
CP4/16時間45分(現地11日 1:00)
CP5/23時間25分(現地11日 7:40)
CP6/29時間05分(現地11日 13:20)
ゴール/31時間00分(現地11日 15:15)
出発制限
CP4/19時間45分(現地11日 4:00)
CP5/25時間25分(現地11日 9:40)
・2ND GROUP
到達制限
CP1/ 2時間00分(現地10日 13:15)
CP2/ 5時間20分(現地10日 16:35)
CP3/ 9時間25分(現地10日 20:40)
CP4/13時間45分(現地10日 1:00)
CP5/20時間25分(現地11日 7:40)
CP6/26時間25分(現地11日 10:40)
ゴール/31時間00分(現地11日 19:15)
出発制限
CP4/19時間45分(現地11日 4:00)
CP5/25時間25分(現地11日 9:40)
[到達人数]
START/767名+1匹(JP 26名)
CP1(13.6km)/766名+1匹(JP 26名)
CP2(23.7km)/762名+1匹(JP 26名)
CP3(35.4km)/758名+1匹(JP 26名)
CP4(47.8km)/757名+1匹(JP 26名)
CP5(56.1km)/756名+1匹(JP 26名)
CP6(65.0km)/756名+1匹(JP 26名)
GOAL(86.2km)/756名+1匹(JP 26名)
当ステージリタイア/11名(JP 0名)
リタイア合計/36名(JP 0名)
日の出・日の入り ※カサブランカ

[4月10日の日の入り]
モロッコ時間(GMT+1)/19時53分
大会時間(GMT±0)/18時53分
日本時間(GMT+9)/ 11日3時53分
[4月11日の日の出]
モロッコ時間(GMT+1)/7時4分
大会時間(GMT±0)/6時4分
日本時間(GMT+9)/15時4分

サポートして頂けると単純なのでものすごく喜びます。サハラ砂漠の子供達のために使います。