「翔べ! 鉄平」  10

 年が明けたある日、小隊は厚木の飛行場に駐機する零式輸送機の前に集められた。
 この零式輸送機とは有名なゼロ戦ではなく、ダグラスDC-3を原型とする当時の日本海軍の主力輸送機で、昭和十二年にアメリカから製造権を獲得して以来増産されてきた。
 そして空挺部隊の輸送と降下に適するように改造され、日本海軍の降下訓練用に使われることになるのである。

「おお、飛行機が大きくなっておる」

 と感想を述べあっていると三人が呼ばれた。

「熊、犬、烏、これを装着しろ!」

 いつに無く緊張した面持ちの龍宮少尉の指す地面には四つの背嚢の様な物が置かれていた。

「落下傘ですね」

「やっと出来たのか」

「開きますかね」

 彼らには常にその心配が付きまとう。

「開く! 落下傘を引っ張る開傘索(かいさんさく)を使うからな」

 開傘索とは落下傘の頂上に結ばれた長さ五メートルほどのロープで、その先端を飛行機の出口に引っ掛ける。
 飛び出すと三秒ほどでロープは伸びきり、バネのように伸びきったところで傘を引っ張り開きやすくする。飛行機が引っ張る力と、体重が下に引っ張る力とが合わさり、ロープを結んだ細い紐が切れる。そこで落下傘は完全に空中に単独で浮くことになるのである。

 小隊の視線がその背嚢に注がれた。自信に満ちた目の藤倉博士がその背嚢の前に立ち、龍宮と三人がそれぞれ一つずつの背嚢の前に進み出ると、助手たちが装着を手伝う。

 背嚢を背負い、その下から伸びた帯紐を股の下に通して胸の前に持ってくると、左右の胸に張られた帯紐に金具で止める。背嚢の一番上の口から同じく帯紐が伸びていて、その紐の先には金属製の留め金が着いている。四人は緊張した面持ちでそれを右手に持った。

 また胸に野球のベースのような小さな背嚢が取り付けられた。

「予備の落下傘じゃ。飛行機に装着してあるのとほぼ同じじゃ。背中の落下傘が開かないとき、それを使う。ただし自分で開くンじゃ。一、二、三、四、五と数えても開かなかったら、このレバーを引っ張る。出てきた傘を両手で振れば、風に膨らむ」

 藤倉博士は意地悪そうな笑いを見せていた。

「その傘を開かずにいたら、地上に落ちるまでは何秒ですか」

 犬塚が聞いた。

「ん、三十秒ほどじゃろ。間に合う」

 それでも予備の落下傘が付いたことで少しは安心を覚えた。そして四人は鉄帽をきつく閉める。実際に人間が飛ぶのである。

「それでは乗り込んでください」

 猿田が機内から呼びかけた。

「よし! 行くぞ!」

 龍宮少尉が勇ましそうに先陣を切って乗り込む。するとその堂々とした少尉の態度に感服しながら熊沢と犬飼が続く。

 そして鉄平は不安と緊張と期待の入り混じった足取りで最後に続いた。

 機内の座席は電車のように中央を向いて横ならびに座る。少尉をはじめとして順に機内前方の左側の席から陣取る。その少尉横に熊沢と犬飼、そして鉄平が続いて座った。
 向かい合う反対側の席には藤倉博士と助手たちが座っている。扉が閉められ、猿田は操縦席に戻った。

 プロペラの音の響きが大きくなり、ゆっくりと機体が動き始める。席に着くみなは黙っている。一月と言うのに機内はだんだんと暑さが篭り始める。

 機体の動きが止まり転回に移る。プロペラの回転が更に早くなり振動が無くなると機内が静かになった。
 機体が一旦止まり、そして突然動き出した。体が後方に引っ張られるように加速を始める。滑走路の小さな凹凸を感じながら機内の全てが止まる。

 体が重くなり、滑走路の響きが伝わらなくなると機体は浮き上がった。与圧されていない機内は、外の音が良く聞こえ、フラップの動く音が聞こえてくる。燃料の焼けるイオウの臭いも漏れ入ってくる。

 機体が左右に揺れると、くすんだ小さな窓から明るい空の光が差し込んだ。

 猿田が再び戻ってきた。

「水平飛行に移ります!」

 落下傘を背負った四人は一様に猿田を恨めしそうに見つめた。猿田はそれを笑顔で交わして扉の前に行くと、大きな動作でそれを開けた。冷たい風が入り込んでくる。

 機体がまた左右に揺れた。

「高度七〇〇メートル!」

 操縦席から猪俣が叫んだ。

「用意してください!」

 四人は猿田の言葉で左右を見て順番を考えた。最後に乗り込んだ鉄平が一番扉に近い位置にいる。少尉が叫んだ。

「よし、扉に近い順に行け!」

 鉄平は目を大きくして龍宮少尉を振り返った。少尉は歯を食いしばって笑っている。開いた扉の前で猿田がニヤニヤと鉄平を見ていう。

「大丈夫ですよ。藤倉博士を信じましょう」

 熊沢と犬飼は一様に哀れみの視線を向けている。自信はあってももしかしたらという不安は付きまとう。特に初めての実際の降下は、信用度は未知数である。

「一人ずつ扉へ!」

 猿田は平手を上に向けて上下させ鉄平に立つように促す。鉄平は釣られて立ち上がった。

「その止め具を、天井の金具に引っ掛けるンじゃ」

 藤倉博士が座ったまま説明した。背嚢には自動的に開くよう三メートル程の帯紐が埋め込まれ、その先に止め具が付いており、それをワイヤーに引っ掛けるのである。
 飛び出した後、その帯紐が落下傘を引っ張り、風を受けやすくし、開きやすくするのである。またそれによって落下傘の開くまでの時間を均一にさせることが出来るのである。

 鉄平は扉の縁に捕まって外を見た。
 それまで見てきた地上の姿とはまったく違う。大地はどっしりと動くことは無かったが、飛行機から覗く大地は上に下にと回転している。
 
 目の前には、青い空が広がり、蒼い海が映り、揺れに従って箱庭の様な山と谷と道路と家並みが映る。

「十秒で滑走路上空に入る!」

 猪俣の叫びと共に猿田が口で静かに数を数える。

「五、四、三、二、一、ゴォ(Go)!!!――――」

                つづく

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