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煙草 | アラサーにして初めて煙草を吸った日。

※あくまで個人の感想で、喫煙を推奨するものではありません。

 人生において吸ったことなんて一度もなかったのに、誕生日を迎えた次の日に突然タバコが吸いたくなった。ストレスというものは、今までであれば気に入りのケーキ屋で甘いものを買ったり、マッサージをお願いしたり、深夜にそっとお酒を飲むことでなんとかやり過ごせていたけれど、眠れない夜が続き日毎に自分が消耗して行くのを感じていた。

 その日は土曜日だった。

土日が休みの私は、金曜までに溜め込んだ疲労とストレスと憎悪をどうすることもできず、温泉や酒場に行くにもコロナがそれを許すわけもないので、用事の後にぼんやりと街をぶらぶらしていた。そうしたら、突然、本当になんの前触れもなく「タバコが吸いたい」と強く思った。味も知らない。どんな気分や感覚になるのかもわからない。煙の匂いだけは知っている。そんな私が無性にタバコを吸いたくなり、なんでも揃っていそうだという理由でドンキホーテに向かう。

 一つだけ気がかりなのは、健康についてだった。

私は小児喘息を患ったことがあり、肺や気管支に自信がない。昔から母親に「酒は飲んでも絶対に煙草をやってはだめよ」と教えられていたし、自身の健康面を考えても今まで吸おうと思わなかった。それでも、その日はやはりタバコを吸いたいという気持ちがなぜか頭から離れず、タバコ関連売り場に貼ってある加熱式タバコの近未来的な広告をじっと見つめる。

「そういえば加熱式タバコは紙タバコよりも害が少ないんだっけか」

今まで煙草に全く興味がなく、職場でタバコ休憩に長時間消えていく社員を恨めしい眼で見つめていた私にはその程度の知識しかなかった。

その場でスマートフォンを使って、加熱式タバコの健康に対する影響を調べてみる。まだ歴史が浅い分野のため、健康被害が実際にどの程度あるのかは数十年後にならないとわからないこと。紙煙草に比べてタールはほとんど発生しないが、ニコチンは含まれること。ニコチンは血や血管に影響を及ぼし、依存症の原因になること。

「……やっぱりやめよう」

そのまま、何も買わずにドンキホーテを出た。

吸うのは簡単だ。しかし、私は酒など「依存しやすい」ものに非常に弱い性格をしているので、一本でも吸ってしまったらきっと沼に浸かって何本何箱でも吸い続けるだろうと容易に想像ができた。

 店を出ても、煙草を吸いたいという気持ちは変わらなかった。それどころか、どんどん吸いたいという気持ちが高まって、トイレに行きたくなった時のような「焦る」に似た感覚が押し寄せてくる。

そんな「焦り」を抱えたまま再び街を徘徊していた私は、一軒のたばこ屋の前で足を止めた。もう20年以上も関わりがある街なのに、ここにタバコ屋があることに気づいていなかった。まるで、私が求めていたものが魔法で突然に姿を現して「はいどうぞ」と言われているような、そんな不思議な感覚に陥る。

店内に足を踏み入れてみると、6畳ほどのスペースに紙タバコや手巻きタバコ、パイプなんかがずらりと並んでいて、加熱式デバイスやスティックも売っているようだった。カウンターでは若い女性が男性客と談笑しながら接客している。いかにも地元のタバコ屋さんという感じだ。カウンターの隣には、3人ほどは入れるスペースの喫煙所があった。そこで、休日風の男性が紙タバコをとても美味しそうに吸っていた。目を細めてゆっくりと煙を吐くその姿がなんだかとても気持ちよさそうで、「私も早く吸いたい」という気持ちが高まる。

気づけば、私はカウンターのお姉さんに声をかけていた。

「アイコスください。本体とたばこ両方とも」

私が知っている加熱式タバコはアイコスだけで、グローもプルームも知らなかった。店員のお姉さんはアイコスにもILUMAとDUO3という種類があることを教えてくれて、私は少し安い方のDUO3を選んだ。

「スティックはどうします?」

……スティックとは。そこから説明してもらわなければいけなかった。私は煙草の匂い自体はあまり好みではないのでマルボロのフレーバー付きのスティックを何種類か見繕ってもらって、代金を支払った。代金を支払ったときに店員のお姉さんはポイントカードを作ってくれて、漠然と「きっとまた来るだろうな」と感じる。

 そうして煙草を購入した私はなんだかこっそりと悪いことをしている10代のような気持ちになり、人気のあるところで煙草を吸うのもなんだか恥ずかしく、ビルの裏にある小さな喫煙所に足を運んだ。

買えばすぐに吸えると思ったのに、パッケージを開封して、デバイスを公式サイトに登録してからスティックをセットするという手間がどうにももどかしかったが、スイッチを長押しして暫くするとデバイスがバイブし、ようやく煙草が吸える状態になった。

煙草の吸い方はデバイスを開封しているときに一緒に調べた。それぐらい煙草について無知だった。そうして、スティックの吸い口にそっと口をつけ、おずおずと煙を吸い込む。

「……!」

一口目、咳き込みそうになったがなんとか煙を吐き出すことができた。思ったよりは重くなく、こんな味なんだという感想。そうして2口、3口(正式には1パフとカウントするらしい)と進めていくうちに、なんだかピリついていた心と頭がおっとりしたような感覚になる。

「微睡み」という言葉がぴったりだと思った。

深く呼吸をすることで精神的にリラックスできているのかもしれないが、お酒の時のような胃の苦しさや肩こりが起きる様子もない。……なるほど、これは沢山の人が吸うわけだ。

結局その日私は、2本吸って帰路につき、家に帰ってもまた何本か吸って終わった。

 それから、私は2週間の間でグローハイパープラス、プルームエックス、プルームテックプラス、ついには紙煙草まで試すようになり、「依存と名のつくものに弱い女」の肩書きをほしいままにした。おしゃれな灰皿だって注文したし、関連アクセサリーなんかも購入した。プルームカフェにも立ち寄ってサービスを受けた。その瞬間は正直、楽しかった。

 冒頭に書いたように、一本でも吸ったらあっという間に沼だった。

いわゆる「キック感」というもので咳き込んでいたものが、あっという間に慣れて癖になった。もうすっかり依存してしまったんだろう。

吸ったこともなかったのに、あの突然「煙草が吸いたい」と感じた衝動はなんだったんだろう。自分の健康を考えれば、もちろん吸わないのが良いに決まっている。年々煙草は値上がりしているし、喫煙スペースなんかも減少の一途だ。喫煙者の肩身は狭くなる一方。それでもなお、吸いたい気持ちが勝ってしまった。

正直この時の私は、心の拠り所がなかった。身内や友人には心配をかけられないし、自分の悩みは一人で解決すべきだと考えていた。そんなときに、心を癒す何かに頼りたくなる時がある。それはお酒だったり、甘いものだったり、体を動かすことだったり。今回はたまたま煙草だっただけだ。

それでも確かに私の心は救われたのだから、たとえ一本数ごとに5分寿命が縮んでいたとしても受け入れていくしかないのかもしれない。

ちなみに色々試した結果、現在はメインをグローハイパープラスでサブをプルームエックス、趣味作業中はプルームテックプラスを使う方向で落ち着いている。

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