見出し画像

プレ値の価値は。

価格には複数の顔がある。

 先日、納車前日の中古車が信号無視の車に衝突され、販売価格450万円に対して、相手側の保険会社から提示された金額が180万円であることが話題となった。心情的には10:0なのだから、450万円全額が補填されるべきだと思うものの、不運にも全損してしまった乗用車がプレミアム価格(プレ値)の付いた中古車である点が、販売価格の4割しか補填されない事態となってしまっている感が強い。

 例えば、宝石店が強盗の被害に遭った際、ニュースでは被害総額〇億円相当などと伝えられるが、これは店頭で販売されている金額を合算したもので、販売店側はそっくりその金額の損害が出ている訳ではない。

 被害総額は売値で表されるが、宝石店が実際に損害を被った金額はそれよりも安くなる。それは、安く買って高く売ることで初めて利益が得られるのだから、販売店が仕入れた価格は売値よりも安くなければ商売が成り立たないからだ。

 つまり、本当の被害額は仕入れた時の価格であり、顧客に売ったら得られたであろう利益まで合算して被害総額とするのは、個人的には少し違和感がある。もちろん、強盗の被害に遭わず、平和に商売をしていて、盗まれた宝石が全部売れていたのであれば、被害総額と言えるかも知れないが、あまり現実的ではない。

 このように、価格は太陽の塔と同じで、複数の顔を持ち合わせている。今すぐ売買したらいくら相当かを表す時価、購入価格を表す簿価、公的機関などが独自基準で換算した評価額など、それぞれ理論立てて最も合理的な基準で価値を判断すると、例え同じものであっても、評価される額が異なってしまい、今回の件もまさにその典型例である。

プレ値は幻想が数値化されたもの。

 私は自動車に関しては情弱なので450万円の中古車に関してとやかく言える立場にないが、恐らくカーマニア界隈で人気の根強い車種であるものの、既にメーカーではディスコンとなっているため供給はゼロ。それでも欲しい人が多くいるため、需要が大きく上回り、中古車であっても状態の良い個体はプレミアムが付いた状態で売買されているのだろう。

 ここで、先述の宝石店のように、損失を被った販売店側と、損失を補填する保険会社側とでギャップが生じる。販売店側がいくらで仕入れたかは不明だが、慈善事業ではないのだから、少なくとも450万円より安いのは確実である。

 そして、事故さえなければ翌日に引き渡し、450万円の売り上げが発生して、利益が得られていたものが全て台無しになり、中古車故に全く同じ個体を用意することは困難であるため、450万円全額を請求したいのが販売店側や、SNS界隈で賛同している方の心情である。

 一方で、損害賠償を行う保険会社側目線で考えてみると、基本的に車両運搬具の類は製造直後が最も価値が高く、走れば走るほど部品が消耗、摩耗するのだから、価値は耐用年数に応じて減価償却するのが理に適っており、補填するにしても上限額は新品購入額となるだろう。

 情弱なりに調べてみたところ、例の車種は当時283~300万円で発売されている。もし仮に新車で全損して損害賠償するのであれば、300万円を限度に保険会社から支払われるかも知れないが、本件の車種は2010年に販売終了と12年以上が経過している中古車で、法定耐用年数の6年を大幅に超えている状況だ。

 減価償却によって既に帳簿上の価値はないに等しいため、類似する中古車の相場を引き合いに出して180万円を提示しているのだろう。希少性や装備などの、450万円での販売が妥当とされる背景はカーマニアではないため、残念ながら分からないが、当時の新車価格で考えても150万円以上のプレミアムが付いている中古車の全額を、保険で補填するのはやはり難しいのではないかと感じてしまう。

 例えるなら、どうしても参加したいライブイベントのチケットが所定の応募では手に入らず、本来1万円で買えるものを、オークションなどを通じて5万円で手に入れたとする。チケットが手元に届き、参加を楽しみにしていたが、当日は天災でイベントが中止に。この時、払い戻される金額は1万円で、プレミアムとして上乗せされている4万円はどう足掻いても補填されない。

 プレ値とは、価値が分かる一部の人が欲しいと思い、その母数が増加することで需給バランスが崩れ、価格が吊り上がる性質からある種、幻想が数値化されたものでしかなく、現実を補填する保険会社には理解されない悲しさがあるかも知れない。

金持ち喧嘩せず。

 とはいえ、私は少なめに見積もって12年落ちの中古車に、新車価格の6割に相当する180万円を提示した保険会社の肩を持つつもりもない。乗用車に関しては情弱で、被害に遭われた車の価値は分からないものの、サブカルチャーの世界に陶酔していた時期もあり、生粋のコレクター気質だから、プレ値が付いたものが全損して、相手側から4割しか補填されなかったら憤るに決まっている。

 そうは言っても世の中の仕組みが、プレ値を補填するように出来ておらず、こればかりは転生しない限りどうしようもなく、現実を受け入れる他ない。

 私は運良く株式投資と出会い、生粋の収集癖を有価証券で発揮するようになってから、購買行動で物欲を満たすことを重視していたものが、いかに種銭を確保するために余計なプレミアム部分を支払わず、必要なものを保有するかに変化して、リセールバリューを意識するようになった。

 車両運搬具、カメラ、オーディオ機器、楽器、模型、ゴルフ、美術品、骨董品、貴金属、ワイン、ウイスキー…どれも少ない資金から始められるが、沼に嵌ると金食い虫な趣味となる可能性を秘めており、どの世界でもプレ値で売買されている代物が存在するが、価値を理解する人の絶対数は少ないため、いざ売ろうとしても安く買い叩かれたり、全損した時に全額補填されないリスクが付き纏う。

 一方で、株式投資は同じ金食い虫な趣味ではあるものの、現物取引に限っては支払った金額以上の損害を被らない点で、リスクは他の趣味と何ら変わらず、お宝(有価証券)を売る時はオンライン上、世界中で取引されているため、相場から大きく外れる心配もない。

 しかも、有価証券そのものが配当や利益を生み出してくれるから、金銭的リターンが見込める要素もあり、そこから生み出された不労所得であれば、仮に全損されても身銭を切っていないのだから、何がなんでも全額補填するまで闘おうとは思わないかも知れない。

 金持ち喧嘩せずとはこのことで、資産運用で得た不労所得の範囲で趣味をしていると、プレ値が既存するリスクに怯えることなく、心穏やかに楽しむことができるかも知れない。もちろん、投資は自己責任であることをお忘れなく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?