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人生を豊かにする、お金の使い方は何か?


充電ケーブルで「高い買い物」をした過去。

 今月に発表されるiPhoneの充電端子は、USB Cを採用するのではないか的な噂が流れている。MacBookがUSB C端子を採用しているため、統一してもらった方が有難いと思いながらも、カメラとモバイルバッテリーが未だにmicro USBであり、type-Cケーブル一本化は見果てぬ夢感が強い。

 因みにiPhone以外に利用できず、耐久性も心許ないLightningケーブルがあまり好きではないため、日頃はワイヤレス充電器を利用しており、旅行先でモバブから充電する時を除いて、iPhoneの端子を使うことがないのは、便利アイテムのおかげである。

 これで普段はMacBookを充電するACアダプタのみで済ませられ、必要に応じてmicro USBケーブルを持ち出すが、このケーブルが端子に充電/通信の切り替えスイッチがあるビンテージ品で、かれこれ7年前くらいに購入した代物で、これを見る度にお金の使い方について考えさせられる。

 なぜケーブル1本にお金の使い方なんて振り返るか記すと、このケーブルは旅行先のコンビニで、仕方なしに購入した「高い買い物」だったからである。

安さが正義とは限らない。

 その時は朝イチで移動する用事があったため、5時頃に起床して宿を出発する支度をした際に、充電していたカメラのバッテリー残量を確認したところ、全く充電されておらず、その場で焦ってプラグやケーブルを差し直したものの反応しなかった。

 端子が違うスマホは充電されていたため、ACアダプターの不具合ではなく、micro USBケーブルの断線だと確信した。

 移動した先でカメラの望遠が必要なのに、ローバッテリーではお話にならない。早朝かつ、移動先での現地調達は困難だと判断して宿から最寄駅の道中にあるコンビニで1,000円近いケーブルを購入して、列車内でモバブに挿して目的は果たせた。

 とはいえ、家に帰ればAmazonでまとめ買いした予備のケーブルが腐るほどあり、日中であれば100均で調達できたものが、今すぐ欲しいが為に10倍の金額を支払ったのは迂闊だったと、その時は悔しかった。

 しかし、今になって振り返ると、腐るほどあった安物のケーブルは、これまでに全て断線し、現役で生き残っているのは、コンビニで仕方なしに購入した、お高いケーブルただひとつである。

 iPhoneがqiに対応してから、無線充電用で長らく使用していたため、使用頻度が低かった訳でもない。むしろ、予備で取っておいた安物ケーブルの方が、殆ど使用せずに保管していたにも関わらず、ものの十数回で断線していった。

 典型的な安かろう悪かろうで、ボッタクリだと思っていたものが、偶然かも知れないが耐久性が鬼で、結果的に高かろう良かろうと、必ずしも安さが正義とは限らないことを思い知った。

お金の減らし方。

 お金というのは、当たり前ではあるが、使わなければ貯まる。しかし、あの世には持って行けないため、生きている間、幸せな人生を送るために、上手に使うことも時には必要で、価値観に合った節約と贅沢のバランスが肝である。

 森博嗣さんの「お金の減らし方」の中で、工作で使うニッパーの話が出てくる。

 模型工作が趣味だった森少年は、ニッパーは1,000円も出せば手に入る物と、詳しいが故の相場感があった。しかし、母親とニッパーを買いに行った際、百貨店で5,000円もする高級ニッパーを買い与えられた。

 内心、ニッパーに5,000円は高いと思った森少年だったが、いざ大人になり、壊れずに使っているニッパーは、母に百貨店で買って貰った5,000円のものだけだったと記しており、私のケーブルと構造は似通っている。

 値段が高いものが、必ずしも良いとは限らないが、高くて良いは当たり前な先入観からも、その可能性が高いのは間違いない。

 悩む理由が値段なら買い、買う理由が値段ならやめておけ。の格言にもあるように、本心から欲しいと思えるものを、プライシングを理由にしみったれてしまうと、何のためにお金を得ているか、いささか疑問である。

 賃金労働者の場合、誰かがやりたくない作業を代行した対価として、賃金を受け取っているのだから、仕事にやりがいなどある訳がない。

 労働が美徳なプロテスタントならともかく、基本的に労働者である以上、賃金=我慢料なのだから、それと引き換えて買うものくらいは、我慢せず使いたいと思うのが本音ではないだろうか。

 別に各方面で散財するべきと言いたい訳ではなく、主観で価値を感じるものにはお金を惜しまず、価値を感じないものには、びた一文払わないくらいの極端さがあっても良いと思うのだ。

 行動経済学で極端の回避性の名称が付いている程度に、人は松竹梅とあったら、竹を選択してしまう心理が働くようにできている。それを知っているメーカーは、竹で最も利益率が高くなるよう原価を設定する。

 だからこそ竹から抗い、価値観に合うものだけは松、それ以外は梅、もしくは潔く買わないことで、限りある人生の時間を切り売りして得られるお金を、有効活用することが、豊かな使い方なのかも知れない。


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