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鉄道会社はマニアを採用しない?を元業界人目線で記す


結論:人による

 先日、情熱大陸で特急やくものデザイナーさんが取材されていたが、その中で、「電車マニア、うちに来られても困るもんな。はっきり言うて」の発言があり、それに付随して、SNS界隈で鉄道会社はマニアを採用しない論争が勃発している。

 一応、補足をすると、あくまでも取り上げられたデザイン会社では、ユーザー(=普通のお客様)目線の感覚を持ち合わせていないと、仕事にならないことから、自己満足なデザイン設計をされても困るという趣旨の発言だと私は解釈している。

 そのため、この発言だけを以て「マニア=鉄道関係の仕事が向かない」とするのは、些か論理が飛躍しているように思える。

 そんな尤もらしいことを記している私は、工業高校を卒業後に電鉄会社に就職して駅係員となり、そこから同業他社への転職を挟み、乗務職場での運転も経験している元業界人である。

 私も例に漏れず、別に嫌いではないが、電車でタヒねれば本望かと問われると明確に否で、20代半ばにして、シフトワーク故の不摂生や、諸々のストレスが祟り、死亡確立40%〜70%の病に倒れ、入院と手術に至った際に、人間をやめる前に、鉄道員を辞めた辺りのドライさから、鉄道に対する温度感が、多少は伝わるのではないかと思う。

 そんな、業界内で割合中立的な立場であった私に言わせれば、賃金労働と割り切って淡々と作業をこなす意識低い系社員から、趣味の延長線上でやる気計が空回りしている、痛いマニア社員までグラデーションが確かに存在したことから、鉄道会社がマニアを採用しない訳ではないが、マニア率の高さは事業者によって異なる。

 そもそも、好きの反対は無関心の言葉にもあるように、関心がなければ、その会社に入ろうとすら思わない筈で、求人に応募している時点で、少なくとも無関心ではない。

 現に鉄道の現場は、労働集約型産業の典型例で、重責の割に賃金は安く、それでいて身体に負担の掛かるシフトワークかつ、年間休日も決して多くなく、お世辞にも待遇は良いとは言えない。

 アニメーターや美容師を始めとする、花形職業にありがちな、好きだけでは勤まらないが、好きでないと勤まらない側面が鉄道員にもある以上、完全に仕事と割り切るタイプの人は、そもそも待遇の悪い鉄道業界など選ばないのではないかとも考える。

 結局のところ、その人がクレペリン検査などで業界の適正があると判断され、その上で社内で馴染めそうな人間性やコミュニケーション能力と、一般常識さえ持ち合わせていれば、鉄道マニアか否かは大した問題ではなく、人によるとしか記しようがない。少なくとも、自分を客観視できる能力があるに越したことはないが。

人手不足で選り好みできない採用事情…

 私がどこかの鉄道事業者に入り、人事担当者が現場の視察で意見交換をした際、現場は要員不足で頭数が欲しいことは理解しているが、実際問題、採りたいと思うような人は1〜2割程度しか居らず、残りは数合わせで採っている(=新人の質が年々低下している)的なボヤきを、新人である私の耳に入る形で話している辺りに悪意を感じた。

 業界全体、現状の待遇のままで、人事担当者が欲しいと思うような人材が集まるとは到底思えない。

 それゆえに財務基盤が弱い中小私鉄や地方鉄道ほど、待遇が悪くとも関心が高くて応募して来た人を、とにかく採用する他ない事情もあり、蓋を開けてみたらマニアで、結果としてマニア社員の比率が高くなる事業者が存在するのは紛れもない事実である。

 ちなみに動力車操縦者の有資格者である私は、年収400万円で過労タヒ寸前まで命を削った経験上、少なくとも同じ人命を預かるパイロットと同水準の年収や待遇を提示されなければ、地方の同業他社で再就職する気は更々ないため、今では単なる資格マニアの域を出ない。

斜陽産業で潰しが効かない職業の価値は

 元業界人として、これから鉄道業界を志す人に、伝えることがあるとすれば、新卒カードを使ってまで入る価値は恐らくありません。

 短絡的に好きを仕事にする道は茨の道であり、人生を俯瞰するなら、仕事は稼げる職を選び、稼いだお金で好きなだけ趣味を楽しむ方が、無駄に苦労しないと考えるからだ。

 そもそも鉄道事業そのものが、人口減少時代かつICT化の波によって、マクロで人が移動する需要が減ることはあっても、増えることはない斜陽産業であること。

 これは、時間経過と共に状況が悪化する一方で、未来が良くなる希望がないことを意味する。コロナ禍では容赦無くボーナスカットされ、業務効率化という名の人減らしにより、一人当たりの業務量は増す一方。

 平常時にギリギリ回せる人員しか配置していないから、異常時となると瞬く間にキャパオーバー。安くこき使われるだけで、将来性の無さを察して、優秀な人から順に業界を去り、待遇の悪さ故に慢性的な人手不足。

 そんな縮小再生産を繰り返す状況で、定年まで勤めることを想像するだけで正直しんどい上に、やっていることは「仕事」ではなく、決められたことを決められた通りにやるだけの「単純作業」。

 他の事業会社で使えるポータブルスキルが溜まる性質は皆無であり、転職市場で鉄道会社の経験が評価されることは、同業他社以外はなく、潰しが効かない。

 そのうえ今の若手は2030年以降、自動運転技術の浸透が予測されていることから、中堅となる頃には、運転士や駅員という職業そのものが消滅し、保線や電気、車両と言った技術系職場に配置転換される未来に直面することを覚悟した方が良い。

 大卒総合職なら尚更で、大企業の箔がつくと思ったら大間違い。中身のない職務経歴が加わるため、新卒カードで狙えた企業は、中途採用ではまず狙えなくなる。

 そんな、人的資本を毀損する可能性が高い業界に対して、自らを賭すほどの価値が見出せるなら、自分の人生なので、どうぞご自身の夢を叶えてくださいとなるが、稼げる職業に就けるポテンシャルがある方であれば、その可能性を捨ててまで就くような職ではないと、元業界人としては思ってしまう。

 稼げる仕事は、社会的に生み出している付加価値が高い傾向にある一方で、食えない作業だと、誰でもできるが故に、労働力は安く買い叩かれる。

 せっかく高い付加価値を生み出せるポテンシャルを有しているのであれば、それを若い時期に、安く買い叩かれる業界で浪費・消耗してしまうのは、非常にもったいない。

 故に能力があるなら、社会に高い付加価値を生み出しては沢山稼ぎ、稼いだお金で好きなだけ趣味として楽しんで頂いた方が、社会貢献にもなるわけで、キャリアにならない鉄道業界は、自身のキャリアが八方塞がりとなった際の、最後に行き着く場所だと捉えて頂く方が良いのではないかと考える今日この頃である。


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