インカレの事故と再発防止策

まずはこの事故で犠牲になられた法政大学の選手のご冥福をお祈りします。

今回の落車事故は、檜村がレースを降りた後に発生したことであり、私の立場は限りなく外野に近い当事者の1人であることを念頭にお読みください。

今回の落車事故は、ある意味で起こり得ることを事前に予測できた事故であった。
私は鹿児島に到着後、今回のレースコースを試走だけで合計15周、あらゆる天候の中走行した。酷暑、大雨、強風、想定される天候全てを体験したといっても過言じゃない。
その中で、私は半分冗談交じりに「レースの距離を1/3くらい短くしようぜ」と周囲に言っていた。理由は多岐にわたるが、少なくとも私が完走するためではなく、選手の安全面を考慮しての事だった。

試走時、特に私が鹿児島に到着した火曜日と翌水曜日はとにかく暑かった。2日とも続けて走行したが、どちらの日も熱中症でダウンしてしまった。この暑さでは、水を半周毎に補給しないと冗談抜きに死んでしまう。一度でも補給をミスる→即ち死。そう思わせるには充分な程、とても過酷な暑さだった。

木曜日は比較的天候が安定していた。といっても雨は降ったり止んだり。天候の変化のみならレース当日に最も近かった日と言って良い。この日に私はレース当日と同様の距離を低強度で6時間かけて走行した。TSSはホテルまでの帰路30kmで稼いだ分を合わせて250。正直ここでレースをするのかとドン引きした。熱中症のリスクもそうだし、濡れた路面はとにかく滑る。獲得標高2000m越えという厳しいコースであったし、展開を考えるなら脚を休められる場所は皆無である。

金曜日は走行していないためわからないが、翌土曜日は朝から大雨であった。
この日に無理矢理にでも1周試走をしていて本当に良かったと思う。下りでどれだけマージンを確保した上で攻められるのか、それを知るために走ることが目的であった。
実際に落車が起きたとされるポイントで、私はタイヤを同じコーナーにて三度、落車しない程度とはいえ滑らせた。最もグリップするはずの、轍の縁のわずかなバンクにタイヤを当てていたのにも関わらずだ。

結局その試走の成果を私は発揮すること無くレースから降りたのだけど。

私だけでなく、誰もがこのレースを安全に終えたいと思っていたことに変わりはない。が、残念なことに「安全にレースを走るスキル」「安全にレースを走るための準備」を身に付けられている選手というのは、実は案外少ないものだ。
リタイアした後の回収車の中で、試走を1周しかしていないと言う他の選手の会話に思わず耳を疑った。

今回の事故の発生要因として、第一に挙げられるのは選手のスキル不足である。
…いや、違う。選手のスキルを養う機会の不足である。
日本でのジュニア世代の自転車競技歴といえば、一般的には高校入学前後から始まることが多い。そこで高校の自転車競技部に所属し、インターハイを目標としてトレーニングを積む。で、残念だが、日本の高校生の自転車競技の人口は都道府県レベルではとても少なく、ロードレースなのにほぼほぼフィジカルのみで勝負がある程度決まってしまう。事実レースの走り方を熟知している選手というのは、E1クラスタや学連のインカレ出場レベルでも案外少ないものだ(マジでお前が言うな)。

例えば逃げは登りと下りのどちらでペースを上げれば良いかとか、ローテーションを回す上でのコツだとか、登りで力を使わない走り方とか。
集団で走る上での心構えや、まっすぐ走る、膨らまずに最速でコーナーをクリアする、ブレーキ時の重心コントロールという基礎の基礎を定着させる機会が、日本では殆ど無いと言っていい。

何故これらの「レースを走る上での必修事項」を教えないのか。それは、先にも述べたインターハイという大会が学校として最も価値がある、謂わばこの舞台で結果を残すことが大正義だからである。日本の高校生のレベルはドンドン上がっているが、やはりそれはトップ層。下位層はやはりそこまで強くない。で、その下位層がインターハイに出場するための一番の近道は、とにかくパワーを上げて先頭に食らいつくことである。つまりはスキルの醸成よりもフィジカルを鍛え上げることがゴール(インターハイ出場)に達する最大の近道となってしまっている。

高校生はほぼ毎日、最低でも毎週1度は集団で練習するだろうが、それだけでは根本的なレースの走り方は身に付かない。レースとトレーニングの走り方は全く違う。
例えばトレーニングで下りを飛ばすのはアホのやることだが、レース中に下りでブレーキを多用するのは、集団内での速度差を作り出すためあまりにも危険だ。つまりはゆっくり下ることは、スキルの醸成にはならない。タイヤの限界、重心移動のコツ、目線、これらを身に付けるためには下りをある程度攻めることが必要だ(繰り返すが下りを飛ばすのはアホのやることだ。出来る範囲で、という意味)。それに加えて自分のスキルを過信しないために、「安全に」レースを走る術を徹底的に叩き込むことの方が、遥かにフィジカルを鍛え上げることよりも重要だ。

今回の落車は、言ってしまえば選手とチームの安全意識とスキル不足、及び勝ちを優先したが故の姿勢が招いた事故である。どの大学も、「勝たなくていいから安全に帰ってこい。少しでも危険と感じたら車間を空けてスピードを落として下れ」と選手に口酸っぱく言い聞かせていれば、この事故は防げたと思う。

高校や大学としてインハイ総合○位!インカレ個人○位!という肩書きは確かに学校にとって大切だが、過度にこの目標を選手側に押し付けるのは、選手をこのような形で失う原因にもなりうる。

是非とも日本の高校、大学の指導者には、選手のスキルを一から磨くことをやって貰いたい。インターハイやインカレを勝つことは確かに素晴らしいが、それ以上に選手を潰さないことが大切だ。

当たり前だが、このコースを設定したレース運営側にも問題があったという意見もある。私もそう思う。事実今回のコースは危険極まりないレイアウトだったし、運営側も落車に対する認識が甘過ぎたと言わざるを得ない。

しかし0次安全として、普段から安全にレースを走るために、スキルを磨くこと、落車を防ぐためのメンタルケア。これらをレースを走る各校各チームに徹底していただきたい。なにかが起こってから運営がどうだ選手がああだと議論するようでは遅いのだ。

すばらしい指導者とは、選手を勝たせる指導者ではない。選手を安全にレースに送り出し、安全に帰ってこさせる指導者であること。これに尽きる。真の選手ファーストとは、このような安全への指導が徹底している指導者を増やすことである。少なくとも私の所属していた某チームはそうだった。

当然レースで落車は起こり得るし、今後も死亡事故は無くならないだろう。だが少しでも、このような悲惨な事故で失われる命が少しでも無くなることを祈って、この文章を締めさせていただきます。



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