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アルケミスト〜僕の星は誰にも奪えない〜#3.5

第三話後編〜ミュンヒハウゼン〜

【三枚目のカード・ペンタクルの9逆位置】

日中なのに薄暗い部屋。
目が慣れてくるとその中に複数の子供たちが灰だらけになって床を磨いている。

手足は傷だらけ、何か棘のようなものが刺さったアザがある。色は泥まみれの汚れが落ちない肌をした一人の子がトテトテと僕に気付いて歩いてくる。まだまだ親に甘えたい年頃なのだろう。親指にしゃぶりダコがある。
「お兄ちゃんも、家族がいないの?」

僕は訳が分からなくなった。どうやらここは、みなしごや誘拐された子供たちを集めて強制労働をさせているようだ。
もちろん、僕はみなしごではない。きっと家でばあちゃんが帰りを待っているはずだ。
「じゃあ、紙にサインをしたでしょ?」
ああ、そう言うことか、僕は事態をようやく理解した。

呆然としていると、あの三日月女が追い立てて僕らはバンに乗せられた。程なくして着いたのはカカオの木が並ぶ森林と呼べそうな所だった。
カカオの木はとても小さい。子供たちを使うのは、カカオの木がもろいから体重のない小さな子供を採取に利用している、と言うのが僕の推理だ。まだまだ親に甘えるべき年頃の子供たちを利用するとは、三日月女も考えたものだ。

ヘロヘロになりながら強制労働に従った僕らに与えられたのは水だけだった。

「この実って、何になるんだろう。」

一人ぽつんと言う子がいた。
僕はポケットに手をやった。あった、一個包装のミニミルクチョコレート!

子供たちは僕がギザギザの封を切っている時、初めて見る不思議な物を次第に出てくるチョコレートの香りに目をキラキラさせて集まってくるのだった。

「口に入れてごらん。」
僕の言葉に戸惑いながらも口に入れた瞬間だった。三日月女が群れに気付いてしまった。その子は甘さを感じたのかどうかも分からないうちに、三日月女の手がその小さな口からチョコレートを奪っていく…子供たちは怯え、泣き出した。

この子たちには小さなチョコレートのひとかけさえ許されない。

またバンに押し込められ、あの悪魔の家に僕らは帰った。

そして出て来る温かい食事。食事の時間、僕はあの三日月女の噂を耳にする。
「ミュンヒハウゼン症」あの三日月女は薬も効かない病にかかっているらしい。

何故ならその病は、“偽善者、人に良く見られたい”という性格を総称するもので、効果があるとしたら自分が認識し治そうと心掛けることくらいなのだから。

僕は眠りに就く時、目をつむって祈った。
神様!神様でも何でもいい!僕を、この子たちを助けて!!お願い!神様、誰か誰か!!

その時、天井からガタンッと何かが落ちてきた。赤い星を顔に3つも付けた丸鼻のピエロが上から落ちてきた。

「シシシシッ!どうも!プエラのサーカス団の同僚カルサーだヨッ!プエラが君を占ったら災いのカードが出たヨッ!心配してカード持って来たヨッ!じゃあね〜!!」

僕はカルサーの腕を強く掴んで離さなかった。そうだ!カルサーに助けてもらおう、僕も、この子たちも!子供たちを叩き起こして僕は提案した。子供たちと手を繋いだ時、灯りに気付いた三日月女は大きな声で僕をにらみつける。

「あなたは悪い人だ!人前でだけ良い人の振りをする偽善者だ!あなたは反省したり、後悔したり、自分が悪い事をしている自覚は無いのですか?」

フンッと鼻を鳴らし「反省?後悔?そんなの人生のうちでしたことなんか一度もないわ!嘘をつけばいいじゃない。自分がした行動なんて嘘で塗り替えればいいのよ!」

三日月女に僕の声は届かない。

人の心は他人が変容(アルケミー)させることは出来ない。アルケミーするには自分が気付き、治そうと努力する自分自身にしか出来ない自分だけの変容なのだ。

カルサーがテレポーテーションする瞬間、三日月女は子供たちの手を僕らから剥ぎ取った。
僕とカルサーだけが、その部屋から手品のようにドロンと消えた。

〜次回〜
#4「ミュゲの花束」
お楽しみに!

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