20231216 悶々とする、自意識が嫌になる

近くにいる小学生の子を持つ親を見ていると、子どもを勉強できるレールに乗せようと頑張っているなという感じがするのだが、自分が言われなくても勉強するタイプでそれで大学に入るまで特に苦労しなかったせいなのか、それよりも大事なことがあるのではという考えが頭をよぎる。親の意思で子どもを知らないうちに競争のレールに乗せてしまうのも果たしていいのかなという気持ちになる。この辺は自分の子どもが大きくならないと実感としてはわからないだろうけど。

自分自身が学校の勉強は言われなくても勝手にやってそれなりにできるけど、自分の頭で考えることが全然できないタイプだったのでそう思ってしまうのかもしれない。このせいであとわが子がそもそも学校の勉強ができない(興味がない)タイプであった場合の対応もよくわからない気がする。だけど今から考えても仕方がない気はする。


男女の恋愛マンガは気になったら割と読むけど恋愛ドラマはあんまり食指が動かないのはなんなんだろう。
現実の人間が演じてる分、フィクションの要素がちょっと薄まってしまって、無意識に自分と比較したり想像力が及ばなくて「いや、ないだろ」とか考えてしまうからかな。よくわからない。、


結婚している時は何にも考えなかったけど、パートナーが欲しいとちょっとでも思っていると人から見られる自分のことを変に意識してしまってよくない。夫と結婚する前からそこまで結婚願望が強いわけではなかったけど、結婚がもたらす安寧はそこにあったのかという気にさせられる。


いろいろ考えて悶々としてきたのでプライムビデオで見られるようになった『僕らの食卓」を見返し始めた。癒される……飯島寛騎さんの演技、やっぱり好きだな……。
8話で穣が豊に握手を求めるところ、「おま、握手て、おま……優しすぎか……!」となって机バンバン叩いていた。


この無料掲載分を読んでいいな〜と思って買っておいた単行本を読んだけど、読み返してもやっぱりいいな〜となって、ちょっと泣きそうになった。
今朝子どもに勉強をがんばらせる親についてちょっと書いたけど、もちろん勉強できるに越したことはないんだけど、こういう「ちょっと周りと違うな」って思う人にフラットに接することができるとか、そういうことの方が全然大事だし勇気のいることだと思う。そしてそこは親の力でちょっとは何とかできそうな気がするのでこちらにも考える甲斐がある。勉強は、できない人は仕方ないだろうと思う派なので……。

ありがとうございます。