あわしま・かわたれ日記(4) 「ハレー彗星」

 1986年、日本はハレー彗星で一色だった。テレビをつければハレー彗星のニュース、新聞ではハレー彗星の特集で日本全国が大いに盛り上がっていた。ハレー彗星とは約76年周期で地球に接近する短周期の彗星である。
 当時小学3年生であった私もテレビなどのニュースに触発され、ハレー彗星に夢中になっていた。
「マサヨシ、誕生日おめでとう。これ、プレゼント。」
母が取り出したのは小さな望遠鏡だった。
「えっ!?本当にいいの!?」
「うん。」
「ありがとう。」
島にはオモチャ屋はない。だから、誕生日プレゼントなど今までにもらったことがないから嬉しくてたまらなかった。
お金がない我が家では、当時、ブルーチップをコツコツ集めていた。ブルーチップとは買い物すると金額に応じてスタンプシートがもらえ、それらを集めてカタログの商品と交換できるサービスである。
買い物をするたびに、
「ブルーチップ、ちゃんとしまってよ。」
そう母から言われる。年に一度、業者がカタログと品物を持って来て直接交換ができるのだ。
「うわぁ~このおもちゃ欲しいけど、この点数じゃあ交換できないなぁ。」
船で本土に渡らないとおもちゃを見ることもできない私にとって、カタログに載ってあるおもちゃは高嶺の花である。交換できなくても、何もない島で、何でも載ってあるカタログを見ることが楽しみだった。手にはとれないおもちゃを頭に描く。想像するだけでニヤニヤしてしまう。見ているだけでなんだか手にした気分になれるのだ。母はいつもブルーチップで鍋やはさみといった日用品を購入するのだが、そんな私を見て、母は誕生日プレゼントを購入したのだろう。
望遠鏡を手にした私は早速、友だちの一つ年上のカズヒラくんを誘った。
「ブルーチップで望遠鏡交換してもらったんだけど、今日の夜、ハレー彗星を一緒に観ない?」
「本当!?行く行く。父ちゃんと母ちゃんに言ってくるから。何時に行けばいい?」
「7時くらいに来て。」
「わかった。」
テレビで映し出されるハレー彗星をこの目で見ることができる。私は今までにないほど興奮していた。
夜7時、約束の時間にカズヒラくんがやってきた。
「なんか、ドキドキするね。」
「ああ。」
そして震えた体で望遠鏡をのぞき込む。
「これがハレー彗星かな。和平くん、ちょっと観て。」
「う~ん。いや方角が違うな。」
「じゃあ、あれかな!?」
「ん~、なんか違うなぁ。」
「ひょとして、あれかも!?」
「あっ!?そうだよ。あれだよ。うん、間違いない。」
我が家の2階の窓から望遠鏡で空ばかり観ていた二人。
「次は76年後かぁ」
「オレたち85歳かぁ。」
「85歳の俺たちはどこで何しているのかなぁ。」
「二人とも粟島で暮らしているかも。」
「かもね。」
「また観たいなぁ。」
「また観られるさ。」
二人で窓から身をのりだして夜空に見つけた僕らのハレー彗星は本当に美しかった。天文について全く知識のない小学生が見つけたハレー彗星はおそらくハレー彗星ではないだろう。しかし、二人で見つけたあのハレー彗星はたしかに一番輝いていた。あの年、ハレー彗星に夢中になったあの日々はハレー彗星以上の輝きがあった。

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