当たり前だと気づかない自然の法則
松井です。
今日は、当たり前すぎると気が付かないという自然の法則を紹介します。
自然の法則全般に言えることですが、本当にこの法則は私たちの人生を支配しすぎていて、逆に気がつかない。
そんな法則がいろいろあるのですが、今日はその中でもとびっきりに目の前にあるのに気が付けないという法則をお伝えします。
なぜこれを知るべきかというと、私たちはひとりで生きていけないからです。
ひとりで生きていけないからこそ、コミュニケーションを必要とします。
そして、コミュニケーションとは、人がやります。
故に、人間の認知構造の上に、なりたっています。
簡単に言うと、あなたの発言は、相手が勝手に歪めて解釈します。
だからこそ、人間というものがどうやって現実を認識するかを知って、それに沿って表現しないと「ミスコミュニケーション」が発生します。
ちょっと話は、脱線しますが私たちってこんな風に思ってませんか?
「コミュニケーションの内、ちゃんと伝わることが8割で、2割くらいのミスがある」
と、、、
実はこれ逆。
「コミュニケーションの内、8割はミスで、2割くらいは伝わっている」
(つまり、人間はほとんどミスコミュニケーションしている!)
その昔、私には結構衝撃的でめちゃんこ驚きましたね。
さて、話を元に戻すと、そのように私たち人間が「自然と認識する方法」というものがありますので、それを無視して話をするとうまく伝わりません。
要するに、今日の話を理解したら、人との誤解が減って、のぞみを伝えやすくなるってことですね。
ってことで、人間の「当たり前すぎる」認知構造について公開します。
【人は差分で価値を認識する】
です。
つまり、違いや、差がないと認識できないってことね。
例えば500万ルピーのバックがあると言われて、高いか安いか。
よく分からなくないですか?
でも、同じバックが1000万ルピーとか700万ルピーとかで売られていたら比較でなんとなく安いんだなって認識できますよね。
それと同じです。
私たちは、差分(違い、比較、他)がなければ、上手く認識ができません。
故に私たちの今の生活は、300年前に比べて、相当に楽で便利になっていますが、300年前を知らない私達にはその楽さ加減は認識できないのです。(→つまり、当たり前になるとそれが当たり前過ぎて気が付かなくなる)
洗濯板で洗濯しておらず、毎日洗濯機で洗濯しているから「洗濯機」の楽さがわからなくなるのと同じね。
だから、多くの人は今生きている幸福感を発見できないんです。
「存在する」って当たり前ですからね。
しかし、この存在こそが本当に最もパワフルな宝物です。。。
【自然農(自然合理主義)と資本主義】
今、増え続ける資本主義が自然資源を枯渇させるとか、行き過ぎたサービスが人の自然的な力を衰退させるとか、金利による格差の拡大が止められないシステムとか、、、
まあ、いろいろ資本主義さんも、問題をあげられていますね。
経済のための公害や環境ダメージは確かに問題かもしれません。
しかし、資本主義の前は権威(家柄)主義というか、封建主義とかだったわけで、、、
明確すぎる差別がまかりとおった時代なわけです。
その前の時代は、暴力や武力を持つもの、食べ物を持つ者がパワーを持つ「北斗の拳状態」の無法社会もあったわけで、、それにくらべれば資本主義さんはスゴく進化しているのだと思います。
こうやっていろいろと前後や横(時代背景的な過去未来、もしくは似たような他の物)と比べていかないとそれが良いか悪いかは判断できませんし、比べれば比べるほど、、、、
「どれが悪いというのがなくなっていきます」
いろいろな判断軸、比較対象を持つことで、物事を多次元的に捉えられるってことね。
【軸を多様化させる(比較対象を複数持つ)とひとつひとつの重要性が下がって、全体の重要度は上がる】
私は仕事柄、よく、、、
「仕事を辞めて独立すべきか、今の職場で頑張るか迷います。」
的な相談をよく受けていました。
仕事を辞める⇔今の職場
と言う、軸に囚われている状態ですね。
しかし、そこに、、、、
幸せ⇔不幸せ
という軸を挿入すると、、、
幸せに仕事を辞める
不幸に仕事を辞める
幸せに今の職場で仕事する
不幸に今の職場で仕事する
って選択になります。
こうすると、単に「仕事を辞めるか?今の仕事を続けるか?」よりも、もっと広く物事を見えませんか?
他にも、、、
仕事を辞める⇔今の仕事を続ける
幸せ⇔不幸
時間をかける⇔今すぐ
とか、軸を設定すると
時間を掛けて幸せに仕事を辞める
時間を掛けて不幸に仕事を辞める
今すぐ幸せに仕事を辞める
今すぐ不幸に仕事を辞める
時間を掛けて幸せに仕事を続ける
時間を掛けて不幸に仕事を続ける
今すぐ幸せに仕事を続ける
今すぐ不幸の仕事を続ける
って言う具合に、選択肢が広がって視野が広がります。
そうすると、ひとつひとつの物事が小さく感じます。
小さく感じるというのは重要度が下がる(だからこそ、深刻さが軽減する)ということですが、同時に全体としての幸福度は上がるのです。
そして幸福度が上がるからこそ、全体が重要になりますwww
・・・
ま、ぐだぐだ言うてますけどww
そんなわけで、多くの人は今あるものが当たり前過ぎて、ありがたみを忘れています。
だからこそ、苦しむのです。
簡単な話ですよね。。
今日、私は岡山でいつもとは違う畑の土の状態を回復させていました。
その中で、思ったんですよね。
「普段の土」と全然違うな、、、って、、
しかし、底に参加していた他の人は、その参考材料(私が普段触れている淡路の土)を知らないから、良く分からない様子でした。
それを見てて、
「ああ、比較対象がないと分からないんだな」
って「当たり前」なことを思い出しました。
だから、たまには外に出ないといけない。
新しい可能性や、挑戦をしてみないと分からないことがある。
ホント当たり前すぎることは逆に見えにくい!
あなたも、人と話す時は相手が分かるような比較を出してみてね!
ほんじゃ!また!!
松井万理
追伸:
いやー、こんな情報なんて、ネットのどこにでも落ちてるよね!
自分で書いてて、当たり前過ぎて笑えるわ!
こんなんじゃ、ファンも増えないだわねwww
ま、、、単に自己満足で続けてます。応援してね!
→スキを押してくださいねww
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