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政治・経済・社会

私の子ども時代は義侠心を教えられたような気がする。

義侠心といえばヤクザを連想します。

戦後の日本ヤクザは日本の復興に尽力していたと聞きます。

かの山口組3代目組長田岡一雄はそれで有名です。

それというのも今のように機械化が発達していないから、

港や道路工事などの荷役労働は大体ヤクザが受け持っていた。

だから、港付近にはヤクザの事務所が多かったものである。

がいつしか暴力団と呼ばれるようになりました。

銃刀法・麻薬取締法・密貿易取締法などが生まれた頃からだろうか。

ヤクザは博労とも呼ばれるほど賭博が資金源だった。

こういう人たちは昼間ぶらぶらしていて夜になると博徒になる。

別名遊び人と言った。ヤクザはこういう人の面倒を見る。

そのためにはお金は必需品です。

映画館やパチンコ店経営また雀荘経営というのはそうした人が多かった。

暴力団という名に変したのは映画「仁義なき戦い」にもなった

ヤクザ同士の抗争が出発点だ。その姿はまさに戦争です。

私はこの映画は一度も見ていない。

あの高倉健で有名な「唐獅子牡丹」も一度だけ。

が、そんな映画の中でも「悪名」には興味を覚えました。

なぜだろう?って探っていくと作家・今東光に行き当たった。

小説家であり、僧侶であり、政治家でもあった。

そして、千利休の娘を主人公にした「お吟さま」で直木賞を受賞した。

その彼の中の作品の一つ「悪名」で、

勝新太郎が演じた八尾の朝吉はその義侠心を持っていた。

そして映画では暴力シーンはあるものの東映映画のような

殺戮シーンがなかったこともその原因と考えられる。

プロレスやボクシングは人気だったようでテレビで放映された。

中でも力道山は英雄だった。そして子ども心に考えました。

「人間は強くあるべきかと」が、腕力は苦手です。

だから、つくづく思うのです。

「戦後生まれでよかった」と。

が、この義侠心の使い方は私には難しく感じられる。

だから、政治はそのために存在しているのではないかと考えます。

でも、この傾向からは全く離れていっています。

苦々しく思うのもそのせいだと思います。

そして、そんな中、山本太郎は私の前に現れたんです。

私の心が動いたのは当然という気がしています。

12歳で心の世界を知り、その中を突っ走ってきました。それが、

人生の終盤に差し掛かってきて、私の主題が表面化したようです。

まだまだ勉強不足ではありますが、「生活と政治」の関係を

鮮明に追究したいという欲が出てきました。

「政治は誰のためにあるか?」

この問題を生きているうちに解明したいと思います。

そして、そのことが私が戦後に生まれてきた理由でもあるようです。

人生の一日は点に過ぎませんが、それがやがて線で結ばれるのです。

松本清張の「点と線」はそのような意味があったのです。

では、本日も素敵な一日をお過ごしください。

今日もよろしくお願い申し上げます。

ありがとうございます😊

➿今日の一言➿
犬が人間を噛んでも、大したニュースではない。
だが人間が、犬を噛めば立派なニュースだ
〈デーナ〉

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