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ステロイド常用者の入院と手術

膠原病多発性筋炎患者の蔵前です。
今回持病と関係なく?別の病気、上皮内新生物の除去手術のために入院してきました。
※多発性筋炎は通常の二倍癌になりやすいとか、抗RNAポリメラーゼⅢ抗体の人は発症6ヵ月目から12か月の間に悪性腫瘍を発生している報告あるけれど、私については関連性など実証できない、できないけどさの?

上皮内新生物とは、癌細胞が上皮内にきゅっと留まっている状態であり、浸潤していないので放射線治療や抗がん剤も不要なものです。
それでも癌になる前に取る必要があり、今回の私もそれで手術する事になりました。
私が受ける手術は三十分ぐらいで終了の簡単なものですが、全身麻酔を使用することで手術について医師間でやり取りがあったようです。

全身麻酔は人体に大いにダメージを与えるものだそうで、そこで、ステロイド常用者である私に問題が出来たのです。
手術中のステロイド不足を補うための、ステロイドカバーです。
よって、普通の人は手術日から一泊二日となる入院が、私の場合は手術前日からの二泊三日となりました。
ステロイドカバーについては別の記事で書きましたので割愛します。

まず入院から手術までの流れですが、私の入院した病院は入院の前日に日時お知らせの電話が来ます。


八月十五日

今回はなかなか連絡が来ないなと呟いてもしまいました。
そしてその二時間後に連絡が来ました。
入院手続する窓口の予約時間や持ち物などを、とっても元気な口調で早口でのたまう女性。
口調が砕けていて若そうに感じるが、声質的に多分四十代ぐらいの女性であろうと当たりをつけながら、必死に相手の言葉をメモする私。

「聞いてますか?」

相槌は打っているのに、その物言い!!
うちの職場でお客様にそんなセリフ言ったら、一発で注意されますよ。
と、瞬間湯沸かし器な私は癇に障ったので、業務的に復唱してやりました。

「~以上。間違いございませんね」
「はい。忘れないでくださいね!!」

あ、この人は全く気が付いていない!!
絶対そのうちにクレーム来るぞ、と思いながら、いつもはしない、「○○さまでございますね」と相手の名前を復唱確認してさしあげたのです。
普通は名前を改めて確認されると、クレーム来る?とビクつくものです。
しかし、電話口の女性は全く気が付く素振りも無い。
こんなスタッフあの病院では初めてだ、と心配になりながら、私は大昔のサイパン家族旅行を思い出せと自分を叱りながら電話を切りました。

旅行シーズン前のサイパンの海はナマコで一杯だったじゃないか。
ホテルスタッフは、私達が帰国する翌日は日本の観光客が押し寄せるからと、朝からナマコ拾いをして海を美化し、壊れていたプールの蛇口を直したりしていたじゃないか!
私達だって観光客なのに!!
お盆時期に入院させてくれるだけありがたく思わなきゃでしょう。
これから入院する人間が病院のスタッフと喧嘩してどうする、です。

八月十六日

前日の電話での不安が杞憂だったと思うぐらい、病院スタッフは前回同様親切で、室内もまるでホテルですかというぐらい(大部屋でも)でした。
部屋に案内されると、まず入院日程表を手渡されての入院説明です。
手術もあるので病院が指定した道具を私が持ってきているかの持ち物チェックや、翌日の手術室に行くまでの流れをしっかりと教え込まされます。
遠足は家に戻るまでですが、全身麻酔なので、手術室に行くまで、です。
薬剤師も病室に来て、今回使う薬の説明をしてくれます。

「ステロイドを手術前と手術後に点滴で入れます。このステロイドは散れて残らないので現在のステロイドの減量に影響しません」

その後は婦人科の担当医師がお見えになり、と、次々にスタッフ挨拶と入院手術についてのそれぞれからのご説明です。
患者さんを大事にしてくれる姿勢に私は感動しながら、前日のあのうっちゃりな女性が懐かしくなるほどでした。
良いよ、もう挨拶も説明も適当で。
ベッドに転がってパソコンで映画観たい。

さて、昼過ぎに到着したので昼飯は無く、手術のため17日は絶食ですので、今回の入院で私が食べられるのは16日夕食と18日朝食のみとなります。
病院の食事は貧しいから、別に食べられなくてもいいじゃない。
そう思う方もいるでしょうが、そんな非日常食を味わえるところこそ、入院したときの醍醐味では無いでしょうか。
何よりも、このホテル並みの建物に最高の夜景付というロケーションでありながら、膳はしっかり病院給食という、この落差が楽しいのです。

16日の夕食です これよ!!病院の飯といったらこんな感じ!!味は良いので本気で楽しいです

八月十七日 手術前

手術当日。
手術は13時半からで、手術後の四時間後に飲水可能、その後飲食可能となるので、時間によっては夕飯は食べられるかなと期待しました。
何しろ昨日の24時から飲水も不可ですので、手渡されたOS-1をちびちび、それも10時まで飲んでいてもいいよという指示です。
いつもの薬もOS-1で。
水なしで飲める黄色の絵の具なお薬、サムチレールが美味しく感じる。

午前中に手術着に着替え、歯磨きをし、弾性ストッキングを履きます。
歯磨きは全身麻酔で気道に管を入れる時に口の中の細菌が肺に入るのを防ぐためで、弾性ストッキングは同じ姿勢を続ける事で起きるエコノミー症候群を防ぐためです。

「これから手術前のステロイドを入れます」

看護師に左腕に点滴用のユニットを付けられました。
今は針の管の先に青い接合部があるものを患者の腕に設置し、必要あれば増設ユニットなどに接合して、数多くの点滴を入れていくようですね。
そして時間となり、呼ばれ、実は点滴が終わって無かったので点滴がぶら下がった点滴スタンド(重い!)を押しながら手術室までテクりました。

筋生検で一度行った事のある手術階ですが、この病院は凄いです。
長い廊下の両側に、ずらっと手術室がいくつも並んでいるのです。
そこは全部稼働中!!
銀色の扉は魚河岸か食堂の厨房か冷蔵室を想像させ、もう自分はまな板に乗る鯉の気持で自分の手術室まで歩きました。

手術室に辿り着いてもすぐに中には入れません。
関所となる入り口を突破するには、患者である私が入り口で待ち構えるスタッフの質問に答えられねばいけないのです。
あなたは旅人を喰ってしまうスフィンクスですか!!
ドキドキする自分に与えられた質問は、自分の名前と手術する場所を言うだけでした。
受けを狙って間違えるのは許されない雰囲気なので、幼稚園児になった気持ちで回答するしかありません。
関所を通れたその次は、手術台に自分で乗って横たわります。
次々に体につけられる器具。
静かだった手術室に響き渡るのは自分の鼓動。

「左腕にこれから麻酔薬と痛み止めを入れます。この痛み止めは腕に麻酔薬が入った時の痛みを消すためのものです。そして、すぐに意識は消えます」

左腕に圧迫感が走り、左腕の血管に痺れる痛みを感じ、スタッフの言葉通りだなと思ったところですぐにその痛みが消え、私の意識も消えました。

八月十七日 手術後

目覚めたのは手術室。
全身の痛みはなく、意識もハッキリとしているけれど、天井など世界がグルグル回っている状態です。

「痛みやおかしなところはありますか?」
「吐きそうです」

結局吐くことはありませんでしたが、ベッドで病室に運ばれる間ずっと、病室に戻された後も、体をこれから動かすことなど一生できないと思ったぐらいに怠く重く感じました。
ついでに凄い尿意です。

「尿管にカテーテルを挿しているのでそのせいです。カテーテル管を押さえつけているオムツを緩める事で少し楽になるかもしれませんね」

白い制服の看護師がそう言って緩めてくれ、そこは少し楽になりました。
それでほっとしまま目を閉じ、恐らく三十分ほど寝ていたのでしょう、看護師の声で目が覚めたのです。
単なる検温などの状態調べでしたが、私はピンク色の制服である彼女の手を受けながら、手術前の点滴について思い出してしまいました。

点滴ユニットの設置は白制服の看護師によるものでした。
そこに補助に入り、刺した後の針を私の腕に固定するシートを貼る役目だったのが、この目の前のピンク制服の彼女であったのです。
彼女は少々不器用なのか失敗し、針を刺している所のシート貼り替えという目に私が遭ったと思い出したのです。

また、術前の点滴についても彼女が担当でしたが、タイマー付きの器具にうまく点滴の管が設置できないと、点滴の管を何度も引っ張たりしてくれたのでした。
その管の先に私の点滴ユニットに接合されているというのに。

やめろ!!引っ張られたら、痛い、抜ける!!

私は自分の点滴ユニットを無言で押さえながら戦々恐々と彼女を見つめていた時のことを思い出しながら、手術後の私を探る彼女の動作を見つめていました。
すでに口から呼吸確保の器具は抜かれていますが、口には酸素マスクが被されている状態な上、手術後の私は声を出す気力がありません。

無理にでも出せば良かった、そう思ったのは彼女が出ていったその後でした。
いえ、私は無駄な事をしないを信条としているので、言っても無駄だと頭のどこかでわかっていたから声を出さなかったのでしょう。

白看護婦が緩めたところを、再び最初のきつさに戻してくださりました。

白看護婦がそれをしてくれた時、補助でピンクな彼女こそそこにいた、というのに。

ちなみに、年齢で言えばピンクさんは私に年齢が近い人で、白さんは私の息子ぐらいの年齢の方です。

私はこの経験から学びました。
真面目で常識的であろうが一つの事に集中すると周りが見えない、そういった人が医療現場にいると患者は怖いものなんだな、という事を。
運転免許を取った時に、教習所の教官から「君は運転するな」と言われた事がありますが、それは私にもそういったところがあるからでしょう。

周囲の状況が見えないからこそ大事故を引き起こす

さて17日の夕方、次に目覚めた私の目に映るのは、紺色制服を着た夜勤看護師さんです。
彼女が、この時間から自分が担当です、と言ってくれた時、私はどれほど嬉しかったことでしょうか。

二十時に飲食可能となり、彼女が軽食を持って来てくれました。
軽食は、ロールパン二個と青いバナナ一本、そして小さな牛乳パックと小さなチーズだけ、でした。
どこかの国の機内食が、硬い黒パン二個とチーズだけだったと聞いた事があります。
ということは、さっさと夜間飛行しろという事だと考え、私は食べてすぐに寝ました。

八月十八日 退院日

翌日の朝は体が熱くて目覚めました。
夜間のステロイドを入れる前は寒くて仕方がなかったので、これこそステロイドの効果だったのでしょう。
目覚めてすぐに夜勤看護師が入って来ました。
血液検査のための採血です。

「九時に医師の診察が入っています。七時ごろに尿管のカテーテルを抜きましょう」

彼女のこの台詞で、気持ちだけは上向きです。
とにかくこの尿管カテーテルだけは我慢できない。

「まずは朝の分のステロイドの点滴です」

事前の説明では二回という事ですが、結果としてステロイド入りの点滴は三回された気がします。
これによって朝食後に走り出したいくらいの元気が出たのかもしれない。
私はカテーテルが抜かれるや、ベッドに寝ていられないとヒョコヒョコ歩き出すぐらいになってしまったのでした。
診察前に病室に来てくれた医師が、ベッドにいるはずの私がベッドわきに立っていたと驚いていたぐらいです。

「蔵前さ――そこ!!もう歩けるの!!」

だからか、診察後、簡単に退院させられました。

「21日から働けますか?」
「大丈夫ですよ。生理二日目ぐらいでも出来る仕事ならば大丈夫です」

仕事したくないから、21日も安静に、と言って欲しかったです。
周りをよく見て行動しないと、こういう失敗に繋がるのですね。
休みたい、仕事。


以上が今回の入院と退院でした。
ご心配を頂きありがとうございます。
お陰様で仕事を休みたいのに休めないぐらいに元気です。