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付喪神

  松永さんは大学卒業後に一人暮らしを始めた。
しかし元々掃除が苦手だった松永さんの部屋は、月日を追う事に荒れ放題となった。
部屋はまだしも玄関や廊下は人目に付いてしまう。
仕方なく松永さんは使っていなかった新品の箒を取り出し、せめてもと玄関や廊下だけは綺麗にしようと、それからは気を付ける事にした。
意外にもそれは習慣となり、松永さんはそれ以来欠かさず掃除を続けていた。

やがて暫くたった日の事だ。

「あっ……」

松永さんは箒を見て思わず零すように言った。
箒の柄が折れていたのだ。

「参ったな……」

ため息をつく松永さん、しかし今から買いに行くのも面倒だと、その日は掃除するのを諦めてしまった。
だが、それ以来松永さんが掃除をする事はなかった。
特に理由はないのだが、ただ単にそれが切っ掛けでまた以前の面倒くさがりの癖が出てしまっただけの事だった。
玄関や廊下は以前の様にゴミが散らかる様になった。
そんなある日の事、いつもの様に出勤しようと松永さんが靴紐を結んでいると、不意にあの折れた箒が目に止まった。
それが何処か物悲しく見えた松永さんは、腕時計に目をやった。

仕事まではまだ時間がある。
松永さんは部屋からテープを持ってくると、折れた箒にグルグルと巻き始めた。
しっかり固定できたのを確認すると、松永さんは再び靴を履き部屋を後にした。

その日の仕事を終えた松永さんは、夕飯の買い物をした後に帰宅した。
靴を脱ぎ部屋に上がった時だ。
ふと違和感を感じた。

おかしい……あれだけ散らかっていた玄関や廊下がやけに綺麗だ。
松永さんは首を捻りながら部屋へと戻った。
その夜、たまたま電話を掛けてきた父親に、松永さんは先程不審に思った事を話して聞かせた。

「付喪神とかだったら有難いな」

父親が笑いながら言った。

「付喪神?」

「ああ、大事にしてきた物には神様が宿るんだよ、それが付喪神だ。お前がその箒を元に戻してやったからお礼に綺麗にしてくれたかもな、ははは」

「何それ、水木しげるかよ」

松永さんは父親とそんな事を話し、やがて二人は電話を切った。
それからも、不思議な事は続いた。
会社が終わり帰宅すると、やはりいつもより玄関や廊下が綺麗だったのだ。
最近では部屋のゴミも綺麗に無くなっている事がある。
松永さんは玄関に立てかけてあるそんな箒に、何となく感謝する様に手を合わせたそうだ。

そんなある日の事だった。

松永さんが深夜部屋で休んでいると、不意に音が聞こえたという。
何だろうと眠気まなこを擦っていると、暗がりに何やら蠢く影があった。
もしやあの箒が……。
咄嗟にそう思った松永さんは目を瞑り、寝た振りをして様子を伺う事にした。

──ガサガサ

どうやら床に散らかったチラシを片付けている様だ。
付喪神……そんなものが本当に居るのだろうか?そう思った松永さんは、ドキドキと緊張しながらも、もし居るのなら見てみたいと思った。
高まる興味心に抗えず、松永さんは目をゆっくりと開いた。

暗闇に潜む影にじっと目を凝らす。
するとその瞬間、カーテンの隙間から車のハイライトが差し込んだ。

「うわああっ!!」

次の瞬間、松永さんは悲鳴をあげベッドから飛び起きた。
裸足のまま廊下を走り玄関を開く。
不意に落とした視線の先には、あの立てかけてあった箒が佇んでいた。
扉に手を掛けた松永さんは震えながら部屋に振り返る。

「ない……ないよお……」

嗄れた老人の声が部屋から聞こえてくる。
微かな明かりが玄関から差し込む。
部屋の中、そこには顔がどろりと腐りかけた顔をした、不気味な老人が一心不乱にゴミを集めている姿があった。

以上が松永さんが体験した話だ。
その翌日、松永さんは駆けつけた父親と共にアパートの管理会社を問い詰めた。
管理会社は告知義務が消失していたからと前置きし、こんな事を話してくれた。
松永さんが居た部屋には数年前、一人の老人が住んでいたという。
しかも部屋はゴミだらけで、周囲からはゴミ屋敷だと苦情が寄せられていた状況だったらしい。
そんなある日事件は起きてしまった。
老人が夜中に部屋で発作を起こしてしまったのだ。
元々持病を患っていた老人は直ぐに薬を探したが、ゴミまみれになった部屋で薬を探すことは困難で、結局間に合わず老人はそのまま息を引き取ってしまったという。
身よりもない老人の遺体が発見されたのは、それから約二ヶ月が立った日の事だったらしい。

あの老人は薬を探すため、今もあの部屋を掃除しているのかもしれない……。




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