広場③〚冬〛

ハァ~

息が真っ白な季節になった。
だけど、最近は雪はたまにしか降っていない。

寒さのせいか、外はほとんど人気がない。
すっかり色の薄くなった街をとぼとぼ歩いていたら、
変な場所を見つけた。

(ん?なんだあれ。)

その路地だけ、少し溶け残った雪があった。
最後に降ったのはもう何日も前なのに。
よく見ると、奥の方はもっと雪が降り積もっている。

ついつい、奥へ足を進めていった。


一番奥に着くと、そこは不思議な広場だった。

周りを高い白い壁に覆われた広場で、形はだいたい正方形みたいだ。
真ん中に枝だけの樹があり、
入り口以外の壁の真ん中に白い背もたれつきのベンチがあった。

よく見ると、左のベンチに何か置いてある。

(んん?)

近づいてみると小さな手袋だった。

(子供の?誰かいたのかな?)

そういえば、ベンチはどれも雪は積もっていない。
でもここまでは一本道だったはずだ。

立ったままは疲れるので、ベンチに座って考えることにした。
あまり冷たくない。
かと言って、誰かが座った後の温かさはない。

不思議に思っていると、視線を感じた。

顔をあげると、正面の樹の向こうに白いものが動いていた。

(んんん?)

「やぁ」

樹の向こうから声がして、誰だろうと体を傾けた。

声の主は、人ではなかった。

「それ、うーちゃんの」

「な、なんで、狐が…」

(もしかして幻覚?)

「ちがうよ」

子狐は向かいのベンチにちょこんと座って、笑いかけていた。

「それ、うーちゃんの」

また、同じことを言った。

(うーちゃんって?てかなんで話してんの?)

「うーちゃんはうさぎだから、うーちゃん
   ぼくたち、はなせるのがふつうだよ」

「なるほど。というか、心読めるのか?」

「うん、ちょっとだけ」

「で、どれがうーちゃんのだって?」

「それ」

そういって、腕(いや前脚?)でそれを指した。

「この手袋?」

「そう、いまみんなでさがしてた、それ、ちょうだい」

ベンチを降りて、こっちに歩み寄って口を開けた。
渡せということらしい。

「ぼくがかえしとくよ、みつけてくれてありがとう」

そういって入り口の方に向かったが、急に止まって、また話しかけてきた。

「そういえば、キミ、ここのことしらないでしょ」

(たしかに、ここなんなんだろう)

「ここはね、ひろばだよ」

「いやそれは分かってるよ」

「だれもしらない、だれかがやってくる、ふしぎなひろばなんだ」

どういうことなんだろう。
不思議に思っていると、子狐はどこかへ去ってしまっていた。


なにもなかったかのように静かになった。

理解が追い付かず、再びベンチに座った。
上を向いて、考えた。

灰色のそらから、ちらちらと雪が降り続けている。

「ねぇ、手袋見てない?」

目の前から声がして、驚いて下をみると、小さいうさぎが立っていた。

「手袋なら、さっき狐が持って行ったぞ。おまえがうーちゃん?」

「うーちゃんって呼ばないで!」

「はい…」

「狐ってコンのこと?」

「たぶん…?」

「ちびだった?」

「え、まあ」

(おまえもじゃね?)

「ああ?」

「ヒィッ」

声は可愛らしいがとても怖い。
こいつも心が読めるらしい。

「とにかく、あの、ちび狐また余計なことを
 一人で見つけられたのに…」

「あのぅ、」

「何?」

「ここって何なの?」

「あぁ?広場に決まってんだろ」

(いやだから、広場はわかるよ)

「じゃあ、聞くなよ
          あと、そこ私の場所だからはやくどっか行ってよね」

そう言ってぴょんぴょんと駆けてどこかへ跳んで行った。


仕方ないので、真ん中のベンチに移動した。
もう帰ってくる気配はないが、念のため。

(はぁ、なんかつかれた)

『すみません…』

「はい?」

ぎょっとした。
目の前に大きな熊がいたからだ。

『わたくしツキワと申しますが、あなたでしょうか、手袋を見つけてくれたのは?』

「あ、はい」

礼儀正しくとても優しそうな熊だ。
(さっきとは大違い)

『あまり、そんなこと思わないほうが…』

「ぶっっ
 なんだ?冷たい!!」

どこからか、雪玉が飛んできた。
聞かれていたようだ。

『あの子も容赦がないですね』

ツキワは微笑みながら言った。

『そうそう、忘れていました、
 手袋、見つけていただきありがございました
 おそらく、あの子も感謝していますよ』

「感謝してるなら、雪玉は投げてこないのでは?」

『はは、それもそうですね
 でも、さっきとても喜んでいましたよ』

「まあ、いいか」

ふと、周りを見回すと、雪は相当積もっていた。
しかし、相変わらずベンチには積もっていない。

『あの、隣、座ってもよろしいですか?』

「あぁ、どうぞ」

優しいとはいえ、熊は熊だ。隣にすわると、やはり威圧感がある。

「あの、一つ聞いていいでしょうか?」

『はい?いいですよ』

「ここって何なんですか?」

『ここは、広場ですよ』

やっぱりこの回答だ。
だが、ツキワは続けた。

『色々な方が訪れる、不思議な広場
 どこにでもあって、どこにもない
 そんな広場だと、わたくしは思います』

「よくわからないのですが」

『たぶん、誰もが来ることができる、ということです
 ただ、ここに来れないのは、たまたま道を見つけられないだけです』

「はあ…」

『まあ、人生なにが起こるか分からない、ということなんじゃないんでしょうか』

「では、あなたたちは?」

『わたくしたちはここの住人といいますか、まあ、精霊のようなものです
 一つのベンチに一つの精霊が宿るんです』

そういえば、コンは右側のベンチの上に座っていたし、
あのうさぎは左側のベンチを「私の場所」と言っていた。
そして、ツキワは真ん中のベンチに座った。

『広場はどこにでもありますが、季節や来る人によっていろいろ変わります
 広場の見た目だけでなく、そこにいる精霊も、
 わたくしはベンチですが、広場そのものに精霊がいる場合もあります』
よく言う精霊とは少し違うのですが、
と付け加えた。

ツキワは静かに立った。

『そろそろ帰った方がよろしいのでは?』

言われて、上を見ると、
灰色の空が少し暗くなっていた。

『さようなら』
優しい声でツキワは言った。

「あの、最後に一ついいですか」

『はい、なんでしょう』

「また、ここに来れますか?」

『ええ、いつかまた』

そっと、ベンチから立ち上がり、入口に向かった。
後ろから気配が消えたが、振り向かなかった。

路地を歩いているとどこからか

「またね!」
「もう、来なくてもいいのよ!!」

と聞こえた。

いつの間にか路地の雪は溶けていた。


今日もどこかで、誰かが広場にいるのかもしれない。

自分もまたいつか、行けるだろうか。

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