見出し画像

生活様式節目のお盆

 毎年8月13日と15日はお盆のお墓参りだ。御先祖一同を迎えに行って、また送って帰る。毎年通るお墓に続く道は、田んぼに挟まれている。実るほど首を垂れる稲穂を見ると、夕方の涼しい風が感じられて遠くない秋をそこに見る。

 今年は丸々1週間の長さの連休だった。かといってアジア諸国への旅行はおろか、長距離の移動が不可能だ。縁側で湯だって、エアコンの効いた部屋でクールダウンするというサウナか何かのようなのんびり具合だった。いや銭湯が恋しい。そろそろ太平洋すら見飽きたきらいがある。

 だからなのか、お墓までの道を歩いていて背後から照らすお盆の夕陽の明るさと斜陽の哀しさに心打たれた。
 8月15日は終戦記念日であるが、この田舎ではみんなでラジオを囲んで、玉音放送を聞いたのだろうか。1945年のその夕方にはなんともない顔をしてお盆のお墓参りをしたのだろうか。お墓の中の御先祖に伺いたい。それは、1868年の8月も幕末を控えても不偏だっただろうか。1970年ごろのお盆の話は親戚から聞いたことがあるのだが、そんな節目の年のお盆のことが気になった。
 休みの間に悟った。もう人類は2020年の2月の前の文化では暮らしてゆけない。だから、ここ日本の太平洋側の片隅に1日一度は家を出てわずかな活動をしようと決めた人間がいる。

この記事が参加している募集

習慣にしていること

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?