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自立と成長と破綻と慟哭

「好きな人が結婚することになったらしい」

 残念ながらこれは私の話ではない。
 これは適齢期の女性が結婚したいと目論んでいた相手のことを友人に話しているセリフかもしれないし、本気になってしまった不倫相手を想ったセリフかもしれない。片思いの教師を想うピュアな高校生のセリフかもしれない。相手のことが好き。それなのに自分ではない誰かと結婚し、しかもそれを風の噂で知ることになる。なんと悲哀に満ちたセリフだろう。たくさんの物語が生まれてきそうだ。

「結婚」は多くの人にとって大きな出来事だ。大谷翔平が結婚したら勝手に失恋した気持ちになる。推しが結婚したら推し活を卒業する。私も最近推し活に勤しんでいるから、推しに恋愛沙汰が起これば、たぶん一気に冷めてしまいそう。みんな別に大谷翔平や推しと結婚したいわけではないだろう。単に熱にうなされていただけだ。人間臭くて可愛いものだ。
 恋愛感情は努力を怠れば終わりだ。放っておけば消えてなくなる。これが結婚となるとそうはいかない。結婚後も恋愛感情を継続できるなら問題ないが、感情が冷めたら家族愛に昇華させてでも結婚という契約を続けていく。続けなければならない。
 一度失敗している私からすると、結婚は懲り懲りだ。なにせめんどくさい。苗字を変え、親戚という他人と付き合い、妻にならなければいけない、母にならなければいけない。縛り、縛られ、変化を強いられ、それでいてその効力が強すぎる。多くの人は疑問にも感じず、むしろ苗字が変わることを幸せに思い、妻や母になることを幸福だと思えるのだろうが、あいにく私は欠陥品のようで、自分の変化に耐えきれなかった。「こんなに歯を食いしばって生きてきたのに、なぜ私が変わらなければならないのか」と真剣に悩んだものだ。

 それにしても、多くの人はどうやら結婚を「一区切り」としているようだ。冒頭のセリフのように、好きな人が結婚することになったら、恋愛感情を諦めなけれなならない。べつに相手が死んでしまうわけではないし、今日も明日も変わらずに生きていくというのに、結婚がわかると「ああ、もう誰かのものになってしまったのね……」となんだか悲しい。誰かのものとか、所有物とかいうとお叱りを受けそうだが、家族というセットになると、そう見られても仕方がないところがある。破天荒な人生を歩んだ伊藤野枝は、

 私共は、いつも私共自身でなければなりません。久しい因習は男が女を所有するというような事を平気にしています。女もまたこの頃の新しい思想に育てられた人々でさえも、自分の気に入った男でさえあれば、よろこんで所有されます。これは恥ずべき事です。

伊藤野枝『成長が生んだ私の恋愛破綻』

と言う。たしかに、長年、恋焦がれた人と結婚できたら、のぼせ上がって従順になってしまうのかもしれない。ああ嫌だ嫌だ。

 セットというのも少しわかりづらい。結局「ひとつ」になりたいのだろう。好きな人とセックスをして物理的につながっても、もちろん皮膚が溶け合うわけもないから、結局「ひとつ」にはなれない。「エヴァンゲリオン」のLCL(人類のスープ)のように溶け合えるわけもない。溶けたとて原子レベルで合わさることはない。だから結婚をして「あなたたちはセットだよ」と認められたい。同じ戸籍に入れられたら国のお墨付きのセットとなれる。
別に制度を批判したいわけはない。同性婚は大賛成。全ての人が愛する人と結ばれてほしい。しかし私は怠惰で強情だから、単純に「向いていない」だけだ。ただ、恋愛のゴールは結婚ではない。努力を怠れば失敗するし、続けなければいけないという義務になったら心が蝕まれる。やっぱりひとつになんてなれやしない。

 自分の信ずる事の出来る唯一のものは、やはり自分自身より他にはありません。自分以外の本当に唯一な人と思う人さえ本当にはいっしょに融け合う事はむずかしいのです。

伊藤野枝『成長が生んだ私の恋愛破綻』

 これも伊藤野枝の言葉。結局、自分がどうあるべきで、どうありたいのか。どうしたら自分を見失わずにいれるのかが結婚生活には必要なのだろう。もちろん結婚でお互いに高め合える人もいるだろうから、結局は出会いの運でしかない気もする。

 先週、深夜2時まで渋谷の寿司屋で日本酒を飲んでいた。その前の週も渋谷で4時まで飲んでいた。「人生とはこうである」とか「結婚とは」、「仕事とは」と、どんなに一丁前なことを語ったとしても、結局、私は「朝まで酒浸りのバツイチのクズ」で到底真っ当な人間とは思えない。真面目でちゃんとした人は、きちんと相手に向き合えるから結婚生活も維持できるのだろう。

 ちなみに隣にいた女性編集者の先輩が「毎月宝くじを買ってる」と話していた。私はいつも「2億円当たったらどうしよう♡」と妄想するものの、そういえばしばらく宝くじを買っていない。買わなければ当たることはない。行動しなければ幸運は掴めない。運任せな人生かもしれないが、何度でも、自分で掴み取ればいいのだ。

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