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うたたねする娘のちから

細かな雪が
音もなく降っている
正直  今年はもう見たくない
それでも雪は
外の気配に静けさを纏わせながら
ぺたりと冬を置いていく



夜の帳。静かだな、と唐突に気付いてキーボードを打つ手を止めた。
雪だけのせいではない気配が漂い、夜を包んでいる。
冬の二重奏とも言える加湿器の音とストーブの低いノイズが、いつも以上に室内に響きわたり、妙に平和な静けさが室内に満ちていた。

なんだろう。
隣の部屋にいた私は、リビングの様子を伺いに立ちあがる。
テレビはいつの間にか消えていて、ソファの上に原因の品が転がっていた。
平和感満載の顔で、うたた寝している娘が。

成人して久しい年齢となっているのに、両手で胸に抱えられているのは、ふたつの大きなチップとデールのぬいぐるみ。

ふっくらおたふくさんのような下膨れだった赤ちゃんが、年頃になりスラっとした顔つきになっても、
ふわふわとうぶ毛のような髪の毛だった赤ちゃんが、くるりとカールした髪の毛になっても、
寝顔は幼いころからあまり変わっていないように感じる。
すうすうと微かな寝息をたてて、ぬいぐるみを抱える姿が特に。

甘えん坊だった保育園の頃の姿が寝顔に重なる。
吃音で、マ、マ、マ、ママと健気に言いながら私のあとをついて回っていたいた娘。
引っ込み思案で、誰かが来ると恥ずかしそうに一歩下がって私の背中にしがみついていた娘。
寝顔は何も変わっていないのに、今では自ら前へ前へと進んでいく。いつからこんなに積極的に貪欲に頑張り屋さんになったのだろう。

テーブルには羊毛フェルト。
少し前までテレビの音に負けないくらいサクサクと忙しそうに針が動く音がしていたのに、今は無造作に広げられたまま沈黙の一員と化している。

展覧会へ向けて自作の絵本シリーズのキャラクターを作成している途中。
親目線ではあるが、なかなか可愛い出来栄えである。
仕事から帰宅したあとだから、疲れもあって横になってしまったのだろう。
ひとときのうたた寝が、心と体に休息をもたらすようにと願う。

カーテンを細く開けると、大きな月が出ていた。雪雲は見当たらないのに細かな雪が舞っている。
雪害とも言われるほど降ったのに、いったいどれだけ街を埋め尽くせば気が済むのだろう。正直もう見るだけで気重になってしまう雪。
それなのに、舞い躍る白い粒に対して、ほんの少し優しい気持ちが生まれている。
同じ景色を見ていても、こうしてその時々の心持ちで、感じ方は変わっていく。

その気持ちを大切に持ったまま、私はとなりの部屋に戻り、締切間近の推敲作業を再開する。
カタカタとキーボードを打つ音だけが速度を持った高音で、低く一定に唸っている冬のノイズたちと相容れることなく室内の空気中に大きく放たれてしまう。
うたた寝の妨げとならぬようにと、私はそおっとそっとキーボードへ指を落とす。そうして耳をすますと、傍らの寝息が聞こえてくる。
静かだな、とまた思う、平凡で貴重な時間。

労う気持ちが夜更けの雪のように、誰にも悟られずに無音で積もる。
もういらないと感じてた雪を少しばかり尊く感じたりするのは、うたた寝する娘の寝顔の力か。
降り積もる雪に負けないくらいの強く優しい気持ちも、うんと積もっていくといい。



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