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【Disk】Azusa / Loop of Yesterdays

 プロアマ問わず、ここ最近メタル周辺音楽の批評として一番信頼しているのがs.h.i.(@meshupecialshi1)氏の論考。ツイッターアカウントでの投稿や、はてなブログで掲載されている「Closed Eye Visuals」におけるセンス、分析力、視点の鋭さ、音楽的知見の豊かさには圧倒されっぱなし。で、そのs.h.i.氏が「2020年・メタル周辺ベストアルバム」の1つに選んでいたのが、今回紹介するAzusaの2作目。元Extol、元The Dillinger Escape Planという「面白くならないわけがない」メンバーが参加していること、そして氏の「未知の領域を開拓し続けようとする意欲と自身の得意技を磨き発展させ続けようとする姿勢が理想的なバランスで両立された傑作」との分析を読んで興味をそそられ触手を伸ばしたところ、これがまたぐうの音も出ない素晴らしさ(聴いたのが今年なので2020年のベストアルバムに入れ損ねた…)。

 s.h.i.氏のような視点の鋭さや音楽理論に関する知識はないものの、自分も聴いた音を分類したり、音楽的影響や共通性を分析するのがかなり好きな方なんですが、このノルウェーのAzusa、簡単にどのサブジャンルだとか、誰々の影響下にある音楽とか言いづらいタイプの非常に個性的な音を出すユニット。テクニカルで攻撃的な音からマスコアやテクニカル・デス系アーティストとの共通性を見出だせはしますが、どうも微妙に感触が違う。ではどこが違うのか?本稿では、その違和感(サブジャンル名から想起されるサウンドからの距離感)の正体を探ることで、Azusaの特異性を明らかにしていきたいと思います。

 まず音の傾向とすれば、かなり喧しい音なのでエクストリーム・ミュージックに分類されるのは誰の耳にも明らかでしょう。またヘヴィで多彩なリフメイキングの引き出しからは、MeshuggahやDeathからの影響、そして複雑ながらも構築美溢れるサウンド形態からは、ジャスティス期Metallicaからの影響という事で、確実にメタルの要素が感じられるものの、そこから先の分類がなかなか難しい。

 1つ目の変わった特徴としては、エクスペリメンタル・ポップディオSea+Airのフロントウーマンであるエレーニ・ザフィリアドウの歌の存在感。この手のカオティックなサウンドでは、ヴォーカルパートはグロウルによってリズム楽器的に機能しているか、サウンド全体の狂気・激情を増幅させる役割に位置づけられることが多いですが、このAzusaの場合、絶叫パート/クリーンパート問わず「歌」が全体の質感を大きく支配している印象が非常強い。別の言い方をすると、マスコアやテクニカル・デスメタルにはあまり見られない、バランス的に「歌」にかなりの比重を置いたサウンドデザインになっています。

 2つ目の特徴は、心地良さと気色悪さの微妙なラインを往来する不思議と耳に残るメロディ展開。絶叫/カオティックなサウンドから、サビでキャッチーなメロディに急展開するパターンはメタルコア始めとしてよく見られる手法ですが、Azusaの場合、ジャズ/フュージョンの奇妙な音色をギターフレーズのみならず歌メロやコーラスでも多用しており、それが他のバンドとは一風変わったサウンドに聴こえる一因かと思われます。

 こうしたエクストリームで複雑なバックの演奏とひねくれた「歌」を重視したサウンドを奏でるAzusaですが、一体どのような音楽的影響を受け、現在の独特の方向性に落ち着いたのでしょうか?調べてみると、彼等の公式Spotifyで共有しているプレイリストにインスピレーションに関する大きなヒントがありました。"Azusa Metal Inspiration"と"Azusa Essentials"。ここではメタル以外のジャンルもセレクションしている後者に着目してみたいと思います(彼等の公式Facebookでも、”Here is a playlist with some of the artists that inspired us when writing songs for "Loop of Yesterdays".として紹介されています)。

 クリスチャンデスのBelieverやノルウェーの変態メタルVirusといった通好みのセレクションもありますが、メタル系で注目すべきはやはりCynic。基調はジャズ・フュージョン的フレージングを多用したテクニカルなスラッシュ/デスメタル。そこにスペーシーな浮遊感あるメロディやコーラスの導入といった音楽的手法論も含めて、発想の原点はやはりCynicの影響が一番大きいのではないかと思われます。そして、もう1つ忘れちゃいけないのがVoivodの影響。二転三転する複雑な曲構成に、ひねくれた(時に軽快、時に不気味な)メロディを組み合わせてアーティスティックな雰囲気を醸し出すセンスの良さは、しっかりとAzusaに受け継がれているかと思われます。

 他ジャンル(ジャズ/フュージョン)では、特にアネット・ピーコックの影響が見逃せません。ニューヨーク生まれの女性ヴォイスパフォーマー/コンポーザーで、ジャズをメインに、プログレ、電子音楽、アヴァンギャルドなど幅広い音楽で活躍したアーティストとのこと。彼女のソロ代表作である"X-Dreams"や"The Perfect Release"を聴いてみると、毒気を含んだアンニュイな歌と緊張感あるジャズロック~アヴァン・ポップ~ブルースを行き来するサウンドの対比が非常に面白く、前述したエレーニの歌の特徴との明らかな類似性が感じられます。これはアネットがVoとして参加したビル・ブルーフォードの"Feels Good to Me" でも同様で、超絶テクが炸裂するプログレ/ジャズロックサウンドの中、浮遊するような妖しい歌声がバックの演奏に負けないくらい目立ちまくっています。転調を繰り返しながらも不思議とメロウな印象を与えるメロディ作りとフワフワと囁くようなウィスパリングの多用が彼女の特徴ですが、そこはAzusaのヴォーカルパートにも手法論としてうまく応用されていると思います。

 ということで、彼らの音楽的特異性をまとめてみるとアネット・ピーコック風のジャズロック~アヴァン・ポップ的な毒気を含んだ女性ヴォーカルを全面に押し出した、攻撃的でテクニカルなデス/スラッシュ。そこがマスコアやデス/スラッシュ系の典型的な音(≒様式)とは異なる感触をもたらしてくれる大きな要因であり、彼等の面白さの根源になっています。メタルの境界線の拡大にチャレンジするアーティストに興味ある人は是非一聴を。

 最後にSpotifyのリストをベースに、Azusaをより楽しんで聴くための関連盤(インスピレーション源、メンバーの元在籍バンド、類似の方向を向いてる盤)をピックアップしてみました。ご参考まで。

 ・Larry Coryell "Offering" (1972)
 ・Jasper Van 't Hof "The Selfkicker" (1976)
 ・Bruford "Feels Good to Me” (1978)
 ・Annette Peacock "X-Dreams" (1978)
 ・Annette Peacock "The Perfect Release" (1979)
 ・Metallica / ...And Justice for All  (1988)
 ・Voivod / Nothingface (1989)
 ・Death / Human (1991)
 ・Meshuggah / Contradictions Collapse (1991)
 ・Cynic / Focus (1993)
 ・The Dillinger Escape Plan / Ire Works (2007)
 ・Meshuggah / ObZen (2008)
 ・Cynic / The Portal Tapes (2012)
 ・Sea + Air / My Heart's Sick Chord (2012)
 ・Extol / Extol (2013)
 ・Voivod / Target Earth (2013)
 ・Vektor / Terminal Redux (2016)

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