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ベラにみる女性の生き方とは 映画「哀れなるものたち」

※映画の内容、ネタバレを含みます。


映画「哀れなるものたち」。「女王陛下のお気に入り」に次いでヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンがタッグを組み、ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞した話題作である。大胆なテーマやキャラクターの深い心情描写が特徴的だ。


物語は、成人女性の体に幼児の脳を持つという、奇妙な主人公ベラから始まる。ベラの成長と冒険を通じて、人間の複雑な感情や人生の意味を探求していく。

序盤はモノクロで描かれ、ベラの日常が限られた世界の中で進んでいく。ベラが弁護士ダンカンの誘いにより旅行に出発することで、世界は鮮やかな色彩とともに広がり、新たな展開を迎える。この視覚的な変化は、物語の進行とともに主人公の成長を象徴しているように思える。

育ての親である外科医のゴッドウィンに関して、空間的にはベラを囲いながら育てていたが、その中では自由にさせていたのが印象的だった。変に決めつけたり叱ったりせずのびのびと育てたことがベラの好奇心の強さを生んだのではないか。

映画は大胆で生々しい性描写も含んでいるが、ベラの行動には驚きと同時に無邪気さがある。(性行為のことを”熱烈ジャンプ”と表現することには脱帽)
これによって観客は、性的なもの或いは女性への偏見に向き合うことを余儀なくされる。「ベラ、ちょっと落ち着きなよ…」と思ってしまう部分が度々あったのだが、もしかしたらそんな自分もある部分ではダンカン的な思考になっているのかも、と気づいてハッとした。

ベラは他人の評価というのを一切気にしない。ある食事の場で、ベラが"まずいものは出したい"と吐き出すシーンがあった。マナー的には当然NGだろうが、確かになぜ食べたくないものでも食べなければいけないのかと自問した。現代より一層、階級や処世がものをいうであろうクラシカルな時代設定の中で、ベラの言動一つ一つがパンチがあり、常識を打ち破っていく。

また、当初は幼児的・短絡的であったベラの発言も物語を経るにつれて段々と論理的になっていく。娼館で働いていることをダンカンに罵倒されるシーンでは、逆に言い負かしてしまうのも面白い。

ダンカンは当初下心しかなかったわけだが、自分の支配下にあると思っていたベラがめきめきと成長していき、制御できず、自分の元すら去ってしまうのを受けて、最終的に駄駄を捏ねたような態度を取るのはリアルな男女関係でもありそうな風景であった。

ベラはマックスと婚約をしていながら、ダンカンの誘いに応じ、また帰国後も結婚式を放棄して元夫と名乗る将軍についていく。(マックスが気の毒に思いつつも)印象的だったのは、ベラが決して気の迷いで応じたわけではないことである。マックスが最良の人とわかっていながら、他の世界を知るという意味でついて行ったのではないかと感じた。これもまた大胆な好奇心の表れだと思う。

映画全体を通して、エマ・ストーンはベラとして素晴らしい演技を披露している。幼児から成熟した女性まで、幅広い感情を表現し、観客に強烈な印象を与えている。また、美術や衣装も映画の魅力の一部であり、ベラの成長に伴い変化する世界を見事に表現している。

総じて、「哀れなるものたち」はエマ・ストーンの素晴らしい演技、複雑な感情描写が倫理観が絶妙に組み合わさった作品だ。生々しい性描写もあるが 
、女性の自由・解放という視点で考えさせられる内容である。

序盤、幼児的な行動をしていたベラは"哀れ"と思われたが、最終的に哀れなものとは何のか。一見の価値ありの作品と言える。

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