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外国人にウケた経験

人はみな、ウケを取りたいという気持ちを1%ぐらいは持っているものである。それが実際にウケを狙うという行動に現れるかどうかはまた別として、社会的欲求の一つとして万人に備わっているのだ。と私は考えている。
その気持ちが強い人が芸人になったり、「彼女が欲しいならネタキャラを捨てろ。モテか笑いかどっちかを選べ」と友人にアドバイスされた際、モテを捨てて笑いを選んでしまう私のような悲しいモンスターへと変貌を遂げるのだ。
しかし、笑いを選んだ者にはそれでしか得られない体験もあるものである。これまでM-1グランプリに出場したり、大学祭で漫才を披露したりとそれなりに武勇伝として語れる経験を積んできた。しかし、その中で少し異質な経験として思い出深いものに、「外国人にウケた」という経験がある。
私は海外経験は全く無いし、家族親戚にもそんな人間は一人もいない純ジャパニーズだ。英語なんて中学生になるまで習ったことが無く、小文字のqとかfとかjは13歳にして初めて知った。いわゆるゆとり教育が生み出した化け物である。
そんな私が外国人相手に英語で笑いを取ったんですよ!すごくないですか!?すごいですよね!?誰か褒めて!!!

さて、先に断っておくが、決してデカい声でトランプのモノマネをしたとか、ブラックジョークをかましたとか、衣服を装着しない格好で暴れまわって笑いを取ったとかではない。
あれは大学時代、研究室のメンバーと一緒にフットサルをしていた時の出来事だった。
当時、フットサルは我々にとって研究に疲れた時の現実逃避息抜きであった。みな思い思いのウェアに身を包み、好きなようにフットサルを楽しむだけ。遅刻早退も自由という、高校野球のがんじがらめスケジュールを経験している私からすると天国のような空間だった。
当時私の研究室には留学生が多く在籍しており、全体で50人を超すような大所帯だった。そのため、研究グループによっては日本人がいない、なんてこともザラにある。そんな留学生たちも一緒にフットサルに興じ、言語の壁をサッカーボールでぶち壊しながらみんなで楽しんでいたのである。

ある日、いつものように研究に疲れた私たちは体育館に集まり、ダラダラとしたウォーミングアップを経て5対5のゲームを行った。小学生であれば「誰がキーパーをやるか」で小一時間揉めた挙句殴り合いの喧嘩に発展することもあるのだか、そこは成人の腕の見せ所だ。私のチームは何の異論もなくキーパーをローテーションで回す方針となり、じゃんけんでストレート負けした私がその先陣を切った。まあキーパーだから先陣ではなく後陣なのだが、そのへんはまあアレだよ、言葉の綾だよ。

いざキックオフ!あくまで息抜きのためであるが、遊びのゲームとはいってもやはりスポーツはスポーツ。対人競技が始まった途端皆の本能が解き放たれ、未経験者が揃う中でもそれなりに白熱したゲームになる。
しかし、自陣にボールが来るまでキーパーは割と暇である。激しいボールの奪い合いを遠目に眺め、それに加われないことに私はウズウズしていた。しかし、不意に放たれた相手の縦パスが味方のディフェンスをするりとかわし、一気にこちらが劣勢に立たされた。スルーパスを受け取った相手チームのアメリカ人が猛烈なドリブルでこちらに向かってくる。味方チームがディフェンスのために懸命に自陣まで戻ろうとするが、おそらく間に合わない。舌なめずりをしながら猛進してくるアメリカ人に対し、私は敵を威嚇するカマキリのように手足を目いっぱい広げ、正面に対峙した。「キーパーってこんな感じで攻めながら守るんだろ?」という感じで、サッカー経験ゼロのクセに心だけは川島永嗣のつもりでシュートコースを塞ぎにかかった。さあ打て!一か八か止めてやる!!
彼の右足から矢のようなシュートが放たれた。しかし、手先脚先に意識を集中させた私の思いとは裏腹に、そのシュートは私の胴体めがけて真っすぐ飛んできた。

ヤベっっ…!!!

そう思った時にはもう手遅れ。空を切り裂くボールは手足というディフェンスを失った私の股間を直撃した。

「へぐぅぅぅ…」

情けないうめき声をあげ、私は床に崩れ落ちた。股間を襲って跳ね返ったボールが役目を終えたと言わんばかりに視界の端で転がっている。まるで散弾銃の空薬莢のようであった。わずかな時間差で鈍い痛みが股間を襲った。男なら一度は経験したことのあるアレである。下腹部から突き上げてくる鈍痛が自由を奪う。

「Hey!!You OK!?」

アメリカ人が心配そうに私に駆け寄ってきた。他のメンバーも眉をひそめて私の下へと集まってくるが、股間を押さえてのたうち回っている私を見て、笑いを噛み殺しているようにもみえた。
ああ痛い痛い…恥ずい……でも少し待てば治るはず…とりあえず大丈夫って言っとこうか…!いや、待てよ?
今は英語で心配されている。だったら英語で答えてあげるのがスジなんじゃないか?何か言わなきゃ…英語で言わなきゃ…!
そして脳みそをフル回転させた刹那、私の口からこんなセリフが口をついた。

「The ball hit my balls…」
(タマが俺のタマに当たった…)

一瞬「スベッたか??」と錯覚させるような静寂の後、辺りに爆笑が起こった。痛みとスベりによる恐怖から一瞬閉じていた目を開けると、留学生たちが大口を開けて笑っている姿が映った。
自画自賛させてもらうが、怪我人を心配するという緊張状態からの小学生レベルの下ネタという緩和、これの落差が生んだ笑いだと思う。また、ballを二つの意味でかけたことがなんとなく留学生にも伝わり、ちらりと知性を光らせることができたのもあると思う。
留学生が何か言って私を賞賛してくれた様子だったが、残念ながらその英語は聞き取れなかった。それでも周りの皆が笑ってくれたのでとても気分が良かった。股間の痛みは気が付いたら消えていた。

その一言が私の鉄板フレーズになるようなことは残念ながらなく、多分、当時現場にいた人に聞いても覚えている人はいないと思う。しかし、私の中には「純ジャパニーズが英語で外国人にウケた」という非常に感慨深い経験として刻まれている。

またああいう経験をしてみたいものだと日々感じ、虎視眈々とそのチャンスを狙っているが、ウケというものは案外狙いに行くと外すものだ。芸人ならともかく、我々一般人には不意に飛び出した一言の方がホームランを生む傾向が強いと思う。
そして一般企業に就職した今、あれほどの外国人に囲まれる機会は少ないし、下ネタも段々言いづらい環境になってきている。
そんな(ショボすぎる)逆境を乗り越えるために、もう少し知的な英語スラングとかを勉強してみようかしら、とぼんやりと思うのである。

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