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ドラマ『厨房のありす』に、親子3代ASDっぽい私が感想言わせてください

まだお喋りはほんの少しな3才息子と10ヶ月の娘を子育て中のリケジョママのページにお越し頂き、本当にありがとうございます😊

突然ですが、『厨房のありす』というドラマをご存知ですか?

ASDの料理人ありすが主人公のドラマです。

今日はこのドラマを見ていて、ASDだろう親に育てられ、自分もASDっ気があり、軽度ASDと診断されている息子を持つ私が「共感できるところ」「共感できないところ」をざっくばらんに書かせて頂ければと思います。

ASDって一言で言っても「色んな人がいるんだな」という私自身の気づきの備忘録でもあります。



【共感】ASDでも傷つく。

ASDと言うと「人の気持ちがわからない人」「KYな人」というイメージが先行してしまい、”自分のせいで迷惑をかけているのをわからない人”とか、”何をしても傷つかない人”のように捉えられてしまうことがあります。(私の被害妄想かも)

でも、そんなことはないんですよねぇ。

そんな様子が描かれていたのが、第一話。

自分の特性のせいで周りに迷惑をかけていることを自覚し、「またやってしまった」とありすが酷く落ち込み傷ついている様子が描かれています。

みんなと上手くやっていきたいのに、何故だかできなくて落ち込む

ASDという概念が広まる前は、そのように落ち込む人も多かったのではないでしょうか。

私の場合、「嫌われるようなことをした覚えはないのに、なんか仲間に入れない」「私の何がいけなかったんだろう」と酷く傷つき悩んだ頃を思い出しました。

【共感】一人で黙々と遊ぶありす

ありすの父が、ありすの子ども時代を回想するシーンがあります。お父さんが話しかけても一切反応せず、集中し続けるありす。

これには、1才くらいの息子の様子が思い起こされました。

「○○くん、あそぼう〜?」という声かけや、「何する?○○?△△?」という声かけに無視され続けた記憶・・。

私の両親、息子から見て祖父母が同じように無視され、両親がとても戸惑っていたのをよく覚えています。

その時はまだASDと診断はついていなかったので、

息子は、自分がやりたいタイミングで、やりたいことしかやりたくない性格なんだよ。

と説明し、「そっかー。じゃあ、仕方ないね。」なんて納得してもらっていました。

そんな息子も最近では、ひっきりなしに「ママ!ママ!」「見て!」とうるさいくらい息子の方から関わってくれます。料理をしたい時なんかは、嬉しい悲鳴です。

無視をされると「この子は私に懐いていない」「じゃあもういい、遊んでやんない」なんて臍を曲げたくなりますが、

実際そんなことなくって、時期が来たり、信頼を得られると、愛情を開花して向こうからコミュニケーションをとってくれるようになるんですよね。

ありすもお父さんと和紗には心を開いている様子が描かれています。

誇張しすぎ・・?と思ったシーンも

一方で、これは誇張しすぎで、余計にASDを「自分とは縁もゆかりもない人」と捉えられかねない、と思ってしまうシーンもあります。

①こだわりの強さ

その一つがありすのこだわりの強さ。

曜日ごとにお椀やカップの色が決められていたり、○曜日だから電柱をタッチしながら歩く、違う曜日には白線の上を歩く、など他人からは到底理解できないルールがたくさんあります。

確かに、3才ASDっ子の息子もこだわりがあります。

フード付きの洋服が大好きで、寝る時もフードをかぶり、幼稚園のお迎え時にフード付きのジャンパーを私が忘れると不機嫌になる、なんてこだわりがあります。

でも、ありす程こだわりが強い人ってどのくらいいるのでしょう・・うーーん、ちょっと誇張しすぎでは・・とも思います

②目が合わせられない

ありすは、信頼できる人以外、目が合わせられません。これは共感できるところでもあるんです。

私も人の顔をほとんど見ないので、夫に「今の人○○だったよね」とか「(近所のコンビニで)今日のレジの人この前もいたよね」とか言われても、

「え、顔見てなかった。そうだったんだ。全然気がつかなかった」

となります。

私の親は、幼稚園の先生に「この子は目が合わない」と言われたこともあるそうです。

そんな私ですが、おそらく今、初めて出会ってお話させて頂く場合でも、「この人の目線、変だな〜」なんて思われないと思います。

自分で言うのもなんですが、そのくらい適応しています。多分至って普通の人です。なんなら、社交的な人に思われるくらいかもしれません。

だからこそ、ありすが接客するときに隠れて小窓からお客さんを伺う様子なんかには、「流石にちょっと誇張しすぎでは・・」とも思ってしまうのです。

まぁ、こだわり然り、私がただ単にASDっぽいところがあるだけで診断もされていないし、程度が薄いってだけかもしれません。


それはちょっと納得いかないよ

さらに、「それはちょっと納得できない」という場面もありました。

それは、和紗の息子が「ありすは良いよね。化学が得意で料理もできて。俺なんかなんの取り柄もない。どうせ普通ですよ。」とありすの凸部分を羨ましがり、臍を曲げてしまうシーン。

そこでありすは、

普通が良いんです。私なんてパニックになって周りに迷惑かけて、みんなの力がないとやっていけません。普通が一番なんです。

みたいなことを伝えて感動・・・みたいなシーンがあるのですが。

いやいや、普通ってなによ?

え、え、みんな違ってみんな良いのに、なにやらよく分からない”普通”という幻想に囚われて、そこをみんなが目指して、なんかみんな苦しくなっちゃうんじゃないの?

なんて思いましたね〜〜〜〜。

皆さんはどう思いますか?

色んなASDの人がいる

まぁ、そんなこんなで「共感できることろ」「誇張しすぎでは、と思ってしまうところ」を書かせて頂きました。

一つ言えるのは、ASDと言っても、千差万別、同じ人はいないと言うことです。

「ASDだからこう」とかではなく、「色んな人がいて当たり前」「凸や凹があって当たり前」「凸を活かして貢献し、凹の部分は助けてもらって、社会が上手く回る」みたいな考え方が広まるといいな、と思ったリケジョママでした。

ASDとは関係のない記事だけど、助け合うこと、凸凹を受け入れることについて、心の底から共感した記事を貼り付けておきます👇

もう、すごい大切なメッセージ・気づきがあるので、ぜひ読んで欲しい記事です!

【追記】
この後、新たな知識を得たことによって、『厨房のありす』は感じる違和感の正体が「誇張」ではなかったかも、と思うようになりました。

それについては、こちらの記事に書かせて頂きましたので、良かったらご覧ください。

あぁ!こ〜〜んなに長くなってしまった!
こんなに長い記事、最後まで読んで頂いたあなた、本当にありがとうございます。

そして、私が『厨房のありす』というドラマを知ったのは、スポンサー企業の代表である大江さんに教えてもらったからです!大江さん、ありがとうございます😌

ということで、株式会社ととのえのバナーを貼らせて頂きます。

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厨房のありすを見たい方はこちらからどうぞ👇

どうぞよしなに。


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