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中村彝と相馬俊子の最後の会見―「黄金なす緑色の生活」とは

 彝と俊子との最後の会見の様子を伝える大正5年1月31日の伊藤隆三郎宛の彼の書簡に以下のような一節がある。

 悪魔はこの絶望と疑ひを覗(ネラ)つて、人の心に入り込むのだ。「メフィスト」は「ハァスト」の心に「黄金なす緑色の生活」の衣をまとつて表はれたが、その同じ「メフィスト」が吾が俊公には「正しき愛には苦悶がない、動揺がない、―その愛をば成就するまでは―その信念が成就されるまでは自分は「ヂッ」と動かずに居る。静かに静に修養しなくてはならない」と「アイディアルラブ」を以て表はれて居る。

茨城県近代美術館蔵の書簡原文から引用

 ゲーテの『ファウスト』からの引用を以て彝は俊子の母・相馬黒光を「メフィスト」に喩えているのは明らかだ。が、一読して引用されている「黄金なす緑色の生活」の意味が直ちに理解されるだろうか。私は戸惑った覚えがあるので、改めて書いておこう。
 
 その前に断っておくが、先の引用部分は『藝術の無限感』に収録されている書簡内容とは微妙に異なっている。異なっている部分は、この書簡の原文に基づく。この小論の趣旨からできるだけ正確に原文に当たる必要があると思われたからである。

 さて問題の「黄金なす緑色の生活」だが、これはどのような意味なのだろうか。「緑色の生活」とは奇異な表現である。だが、彝の書簡原文でも確かにそう書いてある。漠然とした全体の意味は伝わるが、「黄金なす緑色の生活」がなぜ「アイディアルラブ」と対立する概念となるのだろうか、などと考えていくとどうもはっきりしない。おそらく彝のこの書簡を読んだだけでは解らないのだろう。

 そこでやはりゲーテの『ファウスト』に当たってみる必要がある。するとこうあった。

 それは「黄金なす緑色の生活」ではなく、鷗外の訳文によれば「緑なのは黄金(こがね)なす生活の木だ」とある。因みに『ゲーテ全集3』の山下肇訳では「緑なすのは生命の黄金の樹さ」とある。
 すなわち、いずれにせよ「木」の部分が、欠落していた。おそらく彝は訳文などに当たりながら書いたわけではなかろうから、手書き書簡では曖昧な表現となったのだろう。「(生活または生命の)木(樹)」ならば「緑」なのは分かる。だが手紙を書いている彝の頭の中では色彩的な単語の強い印象が先走って記憶されていたのかもしれない。

 しかし、それがなぜ「アイディアルラブ」と対立するのか。それは、『ファウスト』のこのフレーズの前の部分から読むと解る。すなわち、こうである。

「兎に角君に教えるがね
一切の理論は灰いろで
緑なのは黄金なす生活の木だ」

つまりメフィストは、すべての理論、理屈のようなものは灰色(グラウ)で、レーベン(生活、生命、人生)という黄金の木こそ(豊饒な)緑色(グリュン)なのだと言う。もちろんグラウとグリュンのGr…の音を響かせ、対比させながらメフィストは「学生」に教えている。

"Grau, teurer Freund, ist alle Theorie,
Und gruen des Lebens goldner Baum."

 彝は相馬黒光をメフィストにたとえ、あまり生活力もなく病弱な彼の前には、「一切の理論」(=灰色)よりも「黄金なす生活の木」(=緑色で表徴される豊饒な現実生活)の方が大事だと言って登場した。だが、一方、娘の俊子に向っては、動揺や苦悶のあるそんな愛は本物ではないと言って、「アイディアルラブ」の《理論》を説く矛盾したメフィストになっていると伊藤宛の書簡で報告したのである。




 



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