見出し画像

一生で最後かもしれない、家族揃って過ごす時間

 2020年4月8日、とうとう、わたしのWFH(Work From Home)が始まった。
 お昼休みと題してランニングをしたり、仕事終わりには友人とビデオ電話をしながら一緒に筋トレをしたりした。
 わたしは前にもしばらく在宅勤務をしていた時期があったし、遊びに出かけられないのはつまらないけど、家でやりたいこともたくさんあるので、自粛生活はそこまで苦じゃないかもしれない、と初日にして思い始めていた。
 ただ、ビデオ会議に出るために、パソコンのカメラに貼っていたマスキングテープをはがしたときに、少し胸が痛んだ。前の恋人と仲良くなり始めたころ、彼とお揃いで貼ったものだった。彼のパソコンからは、とっくにはがされているのかしら。それとも、普段は弊社のパソコンを使っていないから、テープのことなんかすっかり忘れて、そのままなのかしら。
 考えても何も意味がないとわかっていても、そんなことでグルグルしてしまった。

◆◇◆

 我が家は四人家族。ママとパパ、二つ下の弟に、わたし。
 わたしと同じタイミングでパパもリモートワークになり、ママも家で仕事をし、弟は家で就職活動をすることとなったので、家族全員が家にいる。

 こんなのって、いつぶり?

 大学に入ってから今に至るまで、休日になると、多い日は三つくらい予定を入れて遊びまわっているわたしなので、基本的に週末は家にいない。社会人になってからは、平日も飲みに出かけたりすることが増え(なぜ……)、ますます家にいなくなった。高校は、土曜日も授業と部活があったので一週間のほとんどは学校にいたし、中学の頃は、学校にいる以外の時間は塾で勉強をしたり遊んだりしていた。
 こうやって振り返ると、一日中家族全員が集合している状況は、小学生ぶりかもしれない。弟と両親二人が揃っているときは、時々三人で出かけたり食事をしていたらしいというのは、なんとなく聞いていたので、ただわたしが家にいなかったというせいもあるのかもしれないけれど。

 小学生の頃は、休みの日も家族といることが多かった。というのは、弟が入っている少年野球の手伝いをするために両親は毎週グラウンドへ行くのに、わたしもついて行っていたから。どうしてわざわざ休みの日に野球を観に行っていたかというと、わたしは野球チームに所属しているある男の子に恋をしていたからだった。初恋だった。
 そんなわけで、それ以来、約十年ぶりに、長あーい時間を家族と過ごしている。もっとも、平日はほとんど部屋に籠って仕事をしているから、仕事終わりの夜くらいしか家族と時間を過ごしていないけれど、なんだか不思議な感じがした。

 生まれてこのかた、旅行や留学で家を空けることはあったけれど、ずっと実家で暮らしてきた。ずっと家族で住んでいるのに、四人揃ってご飯を食べるとか、テレビを観るとか、こういうことを「毎日」する生活は、もう訪れないのだと思っていた。
 ……正直に言うと、正確にはそこまで考えていなくて、実際に四人での生活を再開してから、「この生活を再びするなんて考えてもいなかった」と思い始めた。せいぜい、わたしに子どもができてみんなで出かけるとか、両親の老後の面倒を見るとか、それくらいかしら、なんて思っていた。

 幼いころを、思い出した。
 少なくとも幼稚園に入るまでは、父も家で仕事をしていたので、いつも家族と一緒だった。わたしは駄々っ子の甘えん坊で、いつも両親にべったりだったし、二つ下の弟は、いつでもそばにいる最高の遊び仲間だった。あの頃は、本当に二十四時間家族と一緒だった。
 大人になった今、また同じような生活をしている。もちろん、各々やることはあるし、スーパーへ行くときだって全員で行くわけではないけれど。思い立ったときに「ママ―」と声をかけ、休憩と言いながらキッチンで食べ物を漁っている最中に「ねえ、これ見た?」と弟に話しかけるとか、おやつの時間にパパとケーキを分けっこするとか。すっかり慣れてしまったような気もするけど、こんな生活は奇跡に近い。

 コロナでもなかったら、多分一生こんな時間なんて持てなかったと思う。家族四人だけで、ゆっくり長く過ごす時間。
 わたしたちは仕事もクビにならず家で続けられていて、家族全員がとりあえず無事で、近所にお店もあって……この大変な状況の中、本当に恵まれた立場にいるのだと思う。コロナがあってよかったなんて、思わないし、現政権・政策でよかったとも1mmも思っていない。

 でも、この大変な状況が、十年前、いや、もしかしたら二十年前の生活を、再び生み出している。
 いい歳して、まだ大人になりきれていないわたしは、大好きなママとパパ、弟と過ごしながら、自分はまだまだ子どもで、一生ママとパパの子どもで、でもやっぱり、ちゃんと大人なんだ、いつまでお子様ではいられないんだということを、ひしひしと感じた。
 厳しい中で、こんなに切なく、甘く、温かい日々を送ることになるなんて、思っていなかった。
 神さま、いるのなら、ありがとう。
 コロナがあってよかったとは思わないけれど、この生活を再び送ることができてよかったとは、思うのです。


※コロナ禍の「わたしの日常」を記しています。以下参照


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?