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【ショートショート】弧状の月


この世に生まれ落ちただけでも偉いんだよ。ある時インターネットでこんな事を見かけた。どんなに純粋な心があっても、記憶の無い部分を語られても受け入れ難い何かが心の入り口で邪魔をする。心は体の真ん中にあるわけじゃないのに、時々チクチクと痛む。ショックなことがあって頭が痛む人はある意味『色んなものがある正しい場所』を分かっているのかもしれない。

「才能がないんだから早く普通になればいいのに」
大人になれば言われる、呪文のような言葉。この言葉を飲み込んでしまうと何処か遠くに飛ばされて、泣きながら帰り道を探した。途中出会したお菓子の家なんか目もくれず、とにかく必死に帰る道を探した。帰る場所はまだきっとわかっていなかったと思う。楽しい事をやれる筈なのに、辛いことの方が上回りいつしか人並みの幸せを求めるようになった。世間様が幸せと感じる事を追い求めていた。けれども太陽に照らされて生きる人たちがいる世界はとてもじゃないけど日傘をささないと歩けたものじゃない。

いつしか、昼下がりの世界で出会った人に「あの子は夜がとても似合うね」嫌な意味ではなくと、言われたことがある。凛とした佇まいも、選ぶ言葉も、手を伸ばしても本当に気を許したものにしか自分の事を触らせない所も。宵の世界の中でゆらゆらと踊る私を裏切ることもなく見守ることもなくただそこにあるだけなのにどうしてか涙が止まらなくなるような月のような人だった。日の光を浴びた世界でも、自分と同じような心地の良さを持つ人がいることを静かに知った。月は私にとって特別な関心があるわけでも無いけれど心を少しだけ豊かにしてくれる、そんな気持ちにさせたい。

 子供の頃、絵を描いていると必ず黄色のクレヨンから無くなった。その度に大好きな月が描けないと泣いていた。満月ばかりを描くから、すぐにクレヨンが無くなるとお母さんに叱られた。それからと言うものの私は細長い月ばかりを描くようになった。姿形は変わっても、私は月をいつも絵に描いていた。晴れの日の昼でも、雨の日の絵でもかならず画用紙の世界には月が私のことを見守っていた。今、姿形にこだわるものが増えてしまったこの世界で、もしも月が見えない日が来て世界中の明かりが消えてしまったら人々は心の目で人を見ることになるだろう。一体どれだけの恋人たちが別れを告げるんだろう。一体どれだけの人たちが自ら真夜中の世界と別れを告げるんだろう。幸いにも開けない夜は今の所ないけれど。そんな事を考えながら月明かりが照らす私だけの帰り道は、相変わらず何処へ連れて行かれるのかわからないことだらけだった。また、心の中で一つ感情の弔いの鐘の音がなる。手を伸ばしても伸ばしても遮っていく雲が私の手を遠ざける。
これが鳴ると、今までの感情がまた一つ、また一つと思い出に変わっていく。とても寂しい気がしたけれども、何故か帰る場所に辿り着けるような気がした。

「日の光を浴びないと人は病気になる」
一番近い人が私に言った。明け方に寝てもきちんと必要な眠りの時間はとっているし、まだとてもじゃないけどそんなに老いてはいないとなんとなく考えている中で、月は太陽がないと輝けない事を知る。私が眠っている時間に動いている人もいるし、私が起きている時間に寝ている人もいる。世界はそうやって誰かが見えないところで繋ぎ合っている。だからこそ、住む世界が違う人間からしたら私が昼下がりの太陽を浴び続けると溶けて無くなりそうと言う感覚は分からないのだろう。だからと言ってそれを否定する事は本当に良くない。色んな世界に生きる人がいて、支え合って生きている事を理解できなくてもいい、寄り添えることが大切なのだ。太陽の世界に生きる人が夜の世界の舞踏会でたとえワルツを踊れなくても、踊ろうとする努力をすることが何よりも人の心を動かす事を忘れてはいけない。

諦めないと、色々見える景色がある。一度で諦めてしまうことはそれまでなのだ。何度ダメでも、追いかけて見方を変えた努力をすれば景色が変わったりもする。希望を抱ける月明かりがない日でも、培ってきたものが奮い立たせてくれる。いずれ分かり合えなかったものも、分かり合える日が来るかもしれない。弔いの鐘が何度鳴ろうとも、私たちは常に良い方に変わり続けていかなければならない。太陽の世界で生きる大切なものが、いつしか欲しかった言葉をくれる日がそんな日が来る事を願って。


お元気ですか、
わたしとあなたは繋がることはもうないけれど
重なることのない二つの世界で

いつか、一緒に輝いて。


アルバム2枚目に取り掛かりました。未発表の件がこれから皆さんの元に届けられるように色んなものを準備しています。この作品も、新しい曲に入るものです。
最後の一行は私の大好きな作品の最後のタイトルです。

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