②可愛いお宝への航海
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
ブースの外のプロデューサー席でのホクトさんが珍しく寝ないで起きている。今日、季節外れの雪が降るのではないかと心配だ。
番組の今後について真面目な話をしているのかなと、ブース越しに覗いてみた。ホクトさんがにやにやしながら女性ADさんと仲良く話していた。もしかしたら、ラジオが始まる前に話していた話題のことかな。
自分の担当のラジオの放送に集中してよ!
ボクは仕事放棄しているホクトさんに文句を言いたい気持ちを押し殺してラジオを進行する。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! こねこをこねこね船長です。
おぉ! こねこをこねこね船長、いつもありがとうございます。このライトハウスが始まった時から、ずっと海図を送ってくれる船長さんなんですよ。今日はどんなお悩みなのでしょうか。わたしは……」
***
「どうしようかな?」
わたしは、いつも迷ってしまう。他人からしたら小さなことでも、わたしにとってはとても大きな問題があります。
パンを1個買うだけでも、凄く悩んでしまいます。今日は、あんぱんの気分だったのに目の前のメロンパンが砂糖の甘い香りで誘惑してきます。
あんぱんよりアタシの方が美味しいわよ!
そんな幻聴まで聞こえてしまったことがあります。
今回、わたしが悩んでいるのが大好きな”ちーねこ”というキャラクターのグッズを買うかどうかです。
ちーねことは、アメリカのアニメで登場する三角の形で穴がいっぱい開いているチーズの体をしたねこである。ねこなのに体がチーズでねずみに食べられちゃうから、ねずみが苦手というギャップが可愛いです。
いつも悩むわたしだけど、ちーねこグッズを買うときだけは即決できる。でも、今回だけは迷っています。どうしてかと言うと、今欲しいグッズがちーねこのシールです。
だけど、そのシールはハンバーガーショップのお子様セットのおまけなのです。わたしは、もうお子様セットを注文して良い年齢ではありませんし、子供がいるわけでもありません。
でも、可愛いちーねこのシールが欲しい。お子様セット買うか、買わないか、こんな小さなことで悩んでしまう自分が嫌になります。
***
「……わたしは、ちーねこのシールを諦めた方が良いのでしょうか? それとも気にしないで買って良いのでしょうか? 恥ずかしい悩み相談ですが、よろしくお願い致します。こねこをこねこね船長、ありがとうございました」
これは難しいお悩みだ。
ボクは何て答えようか迷っていると、再びブースの外で楽しげに話しているホクトさんの姿が目に入った。
もう、あの人は仕事中だっていうのに。
あれ? ホクトさんが持っているのって……。
これならイケるかもしれない。ボクはリスナーさんのお悩みを解決する糸口を見つけた。
「そうですね。確かに欲しいものだけど、お子様セットを買うのって恥ずかしいなってなっちゃいますよね。でも、ボクの知り合いのスタッフさんなんですが、こねこをこねこね船長と同じでちーねこの大ファンなんですよ。その人もちーねこのシールが欲しいと言って、ついさっきお子様セットを買ってました。そうしたら、他のスタッフさんがお子様セット買うの恥ずかしくないですか?って聞きました……」
ボクはトークのオチを言う前に少しだけ間を開けた。
「その人は欲しいモノのためなら、誰に何を思われても気にしないって。こねこをこねこね船長も気にしなくて大丈夫です。きっと、ちーねこちゃんもあなたに会いたいって言っていると思いますよ」
***
「カノン!」
ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前に番組プロデューサーのホクトさんが慌ててやって来た。
「ホクトさん、お疲れ様です」
「お疲れじゃない! 何してくれてるんだ!?」
え? 今日の放送でボクは何かしてしまったのか? 全然心当たりがない。ボクは今日のラジオの放送を振り返ってみた。
でも、コンプライアンス違反やリスナーさんを傷つける発言はしていないはず。
「お前、アタシがちーねこのシール欲しくてお子様セット買ったことリスナーに話しただろ!」
「あぁ」
そのことか。ボクがリスナーさんの悩みをどう解決しようか悩んでいた時、ちょうど同じシチュエーションがあったことを思いだした。
宝塚の女優さんのように凜々しい顔のホクトさんが人目を気にせずに、お子様セットを買っておまけのちーねこシールを愛でていた。
「あぁじゃない!」
「良いじゃないですか。人には色々趣味がありますし」
「意外よね、ホクトがファンシーキャラが好きなんて」
ボクがホクトさんに詰められている時にミナミさんが助け船を出すように割って入ってくれた。
「あんたがそんなことを気にするタイプじゃないでしょ!」
「そうだけど、全国のラジオで言われるのハズいじゃん」
可愛いもの好きがラジオで暴露されて恥ずかしくなったホクトさんは頬を赤く染めていた。ホクトさんにも可愛いところがあるんだな。
ボクはホクトさんが女の子であることを再認識した。
「いいじゃない。減るモノじゃないでしょ」
「じゃあ、ミナミ! お前が新宿にあるホストクラブのルイにゾッコンってことも言っていんだな」
「バカ! ダメに決まってるでしょ!」
ミナミさんは顔を真っ赤にしてホクトさんの胸ぐらを掴んでいた。
言っていることと、やっていることが違うけど。まぁ、触れないでおこう。ここにこれ以上いるとボクが二次災害に巻き込まれてしまう。
ボクはゆっくり気配を消しながら、ラジオスタジオを後にした。
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