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forgive myself

思い出した事がある。

まだ娘が8ヶ月の時、
日本にいて
大きな台風がきて、緊急事態を経験した。
ちょうど夫は、数週間アメリカ出張中で
もしかしたら避難になるかもしれない、
自分が経験したことのないレベルの台風だったので
不安でいっぱい。
もうパニックだった。


まだ赤ちゃんだった頃の娘とわたしの手



初めて住んだ山梨県にいるときの出来事だった。

運転もようやっとの新しい土地で、

1人で赤ちゃんと猫を守らなくちゃ!
と必死だったが、もうわたしの心は限界突破していて
実家の家族からの電話で泣き叫んでいたっけ。

県内は未曾有の被害で、川もあちこち氾濫して
大変なことになっていたけど
わたしたちが住んでいた地域は幸い、守られた。

そんな事を昨日、眠る前にふと思い出す。
あの時はしんどかった。

因みに、前回のnoteにも綴ったけれど
わたしの引っ越し歴は産後が凄まじい。

産後2ヶ月で北海道→奈良(一時帰省)へ。
→山梨(産後4ヶ月〜10ヶ月)→奈良(産後10ヶ月〜1年10ヶ月)→
娘と猫を連れてアメリカへ移住(〜現在)

諸事情で、
山梨から奈良へ引っ越した1年間は、夫と遠距離生活だった。


今考えても病気になる因は存分にあったな、、と思う。
(これについてはまたのnoteに記す)

感情がpositiveに動いている時は
良いことしか頭に浮かばないし
良い思い出ばかりがふわふわと出てきてくれるのだけど

眠りにつく前は
感情の底にしまわれていたような
negativeな記憶が蘇ってくる事がある。
「面倒だなあ。。」
と思いつつ、

あの頃はそんな自分の感情さえも許容できず
日々に追われ(主には赤ちゃんのお世話)
寝不足で、完全に正気じゃなかったと思う。

そんな自分さえ、当時は抱きしめてやることができなかった。

あの頃は
自分がダメージを喰らっていても気づけなかった。
育児という偉業を初めて成そうとしているのだから、
ダメージなんて仕方がないと思っていた。

おかあさんである前に、
わたしだって1人の未完成な人間だ。
泣いたり、耐えられなかったり
イライラしたり
限界を感じることだってある。
それも我慢しなくちゃいけないの?
って心では叫んでいた。

誰かがいつも、我慢を強いているような感覚だった。

だからこそ、
今消化して
抱きしめてあげるために
表に出てきてくれてるのかもしれない。

”傷や痛みを癒す” って
早いことも
遅いことも
ないのかもしれない。

わたしって、気が細かくてつくづくめんどくさくて繊細な人間だと思う。
でも最近、
そんな自分の性質にちゃんと向き合おうという気が起きてきた。

今までは、
見てみぬふりしたり
どうせこんなんだから
と半ば自分に諦めていた。

でも、
娘の誕生が大きく変えた。
間違いなく、自分の人生を揺るがす
(根本から揺るがす。笑)
存在。

娘の育児を通して、より深く自分を知り
見ることになったのは
娘からわたしに託されたミッションだったのかも。

わたしはわたしをアップデートするために
まずはその本質と性質にもっと気づいて
理解して
大切にして
癒してあげる事が必要になったようだ。

その一つの消化、昇華の術が
これまでは「歌うこと」
だったのだが

今は静かにこうやって
「書くこと」
で整理して、ダメージを自分で癒す方へ
向かえている気がする。




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