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【連載小説】小五郎は逃げない 第21話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

新選組に拉致された桂の恋人・幾松の救出に反対だった人斬り以こと岡田以蔵は、それがいかに難しいことなのか桂に教えるために、新選組屯所の偵察を提案する。二人は乞食の振りをして屯所に向かうが近付くことすらできない。

その以蔵が何者かに襲撃された。相手はなんと以蔵の仲間である土佐勤王党の武士であった。暗殺者としての自分が用済みにされたことを以蔵は悟り、落胆に暮れるのであった。

愛する人たちのために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

坂本龍馬 1/5

 沖田たち一番隊は五条大橋まで足の延ばし、鴨川沿いに人気のないと思われる場所をしらみ潰しに探したが、結局何も手掛かりを得られないまま、その日の夕刻に屯所へと引き上げてきた。
「どうだった、総司」
 土方が沖田に言った。
「何も見つかりませんでした。申し訳ありません」
「いや、誤ることではない。何も手掛かりはなかったか」
「はい、鴨川沿いの人気のない所となると、橋の下しかないのですが、乞食の寝ぐらがあったくらいで、特に何もなかったですね」
 沖田は申し訳なさそうに土方に言った。
「ところで、総司。あの女の処刑を三日後に行う。今から、処刑の告知を京の町中で行う。近藤さんも承知だ」
「桂をおびき出すんですね」
「まぁ、あいつが生きていないなら、それでいい。あの女の命など、どうでもいいことだ。しかし、あいつが生きているのなら、話は別だ。新選組の名に懸けて、何としてでもあいつを引っ捕らえねばならん」
「どうしますか。京の町中に処刑の噂を広めたとしても、それが桂の耳に入らなければ、意味がありませんよ」
「そこだ。桂のやつがどこか人目の付かない場所に身を潜めているなら、女の処刑のことがあいつに伝わらない。だから、大々的にこの話を広めなければならん。とりあえず、立て札を至る所に立てる。それに瓦版だ。そこら中にばらまかねばならん。おまえらにも、骨を折ってもらわなければならない」
「わかりました。明日から情報を広めて回る仕事が待っているってわけですね」
「そうだ」
 沖田の頼もしい一言に、土方は大きく頷いた。
 
「ところで総司、さっき何も見つからなかったと言ったが、本当に何もなかったのか。」
「どういう意味です」
 土方の質問に、沖田は少しむっとした表情で答えた。
「ガキの使いをしてきてないかって言ってるんだ」
 さらにむっとする沖田に、土方はかまうことなく言った。
「三条大橋と五条大橋の橋の下は、人どころか、獣がいた様子もありませんでしたよ。四条大橋は、乞食が住みついているみたいでした」
「おまえ、その乞食を見たのか」
「いや、いませんでした」
「なんで確認してこなかった」
「いや、汚いむしろが敷いてあっただけですからね。どう考えても乞食ですよ。それに桂がいたとしても、日の明るいうちに外を出歩くはずがないですから、橋の下に潜んでいたはずでしょう」
 沖田は声を荒げて答えた。
「その乞食が桂でないとどうやって証明できるんだ」
「そう言われましてもねぇ」
「まぁいい。他に何かあったか」
「竹の皮が散乱していたのと、縄が捨ててありました。乞食が、盗んできたんだと思いますよ」
「明日そこへおれを案内しろ」
 
 その日の午後から会津藩の協力を得て、何十本と言う幾松の処刑を告知する立て札が作られ、新選組隊士はそれぞれに立て札を肩に担いで、京の町中に散らばって行き、至る所に立て込んだ。また、諜報担当の山崎丞を中心に、数百枚の瓦版が刷られ、京の町中にばらまかれた。半日もしないうちに、幾松の処刑の噂は、子供にまで知れわたるようになっていた。
 
 桂たちは新選組の屯所の偵察から一旦四条大橋の下に戻ってきた。以蔵を狙う刺客に潜伏先が知られていないはずもないが、他に身を隠す場所がなかった。桂がいつもの寝ぐらに目をやると、敷いてあったむしろが荒らされていた。大方、子供の悪戯かと思い気にもせずに元に戻した。すぐそばには縄が付いたまま竹皮に包まれたにぎり飯が残されていた。
「最後のにぎり飯ぜよ」
 桂たちが出かけている間に、朝食を運んできた武市の使いの者が、四条大橋の上からにぎり飯を垂らしたが、だれも受け取らなかったので、そのまま橋の下に落として帰ったものだった。その使いの者は、武市が以蔵を殺そうとしていることを、まだ知らされていなかったのだろう。桂と以蔵は無言でそれを頬張った。桂は寅之助にもにぎり飯を与えた。
「これからどうするつもりだ」
 桂が言った。
「どうもこうもあったもんじゃないきに。とにかく京にはおれんぜよ。京におれば、わしが死ぬまで狙われ続けるきに。どうだ、小五郎、わしといっしょに京から逃げんかえ」
 以蔵はすでに吹っ切れていたようで、さばさばと話した。
「いや、私は幾松を奪還する。その後、幾松を連れて京を脱出する」
 何を言われようと桂の意志は変わらない。
「そうかえ」
 以蔵は独り言のように言った。
 
「ところで以蔵殿が襲われた時、正面の敵に対して全く防御しよとしなかったが、トラが助けに来ると確信していたのか」
「そうぜよ。トラが右から来るとわかっちょったきに、トラの影になる右側のやつに集中しちょったぜよ。案の定、やつの攻撃が一瞬遅れて、わしが攻撃する時間が稼げて、難を逃れられたってことぜよ」
「左側の敵はどうだったのだ。私がいなければ、背中をばっさり斬られていたぞ」
「そうじゃきに、おまさんを左に突き飛ばしたぜよ。おまさんが助けに戻って来ることはわかっちょったぜよ」
「なんとあの一瞬でそこまで計算していたのか。たいしたやつだ。それに・・・」
「それに何じゃき?」
「以蔵殿が生きるためにトラとつながていると言った言葉の意味が、何か分かったような気がする」
「そうかえ」
 以蔵は微笑んでいた。

<続く……>

<前回のお話はこちら>


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