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【連載小説】小五郎は逃げない 第23話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

桂は新背組の池田屋襲撃から一旦は難を逃れたが、恋人・幾松を拉致され、自分も逃走する羽目に。鴨川の濁流に飛び込んだ桂の生死は、岡田以蔵の救出劇もあって新選組には知られていなかった。

その新選組は生死不明の桂の捜索を続けていた。一方、仲間に命を狙われた以蔵は反対だった幾松救出のために友となった桂と共に戦う意を固める。

愛する人たちのために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

坂本龍馬 3/5

 以蔵が考えた作戦の内容を要約する。三条河原から幾松を奪還した後、幾松の身を隠して新選組の包囲網を突破し、桂が新選組隊士を引き連れて単身逃走を図る。そもそも幾松の処刑は桂の確保が目的であり、桂が逃げれば幾松には目もくれないはずである。並外れた持久力を持つ桂であれば、そう簡単に追いつかれるはずがない。桂は三条河原を脱出した後、御池通へ出て東へ走り、烏丸通との交差点を左折して南下し、さらに三条通との交差点を左折して西へ走る。京の町を一周して再び鴨川沿いの河原町通に差し掛かったところで、以蔵が待ち受けて二人で敵と対峙する。桂は木刀を持って走るが、新選組隊士は重い日本刀を腰に下げたまま、約二キロメートルを走ることになる。自ずと隊列は崩れ、足の速い者だけが追随してくるはずである。その者たちを桂と以蔵が狙い撃ちし、追跡不能にする。
 その後、桂はさらに同じルートを走り、最初に戦闘を行った河原町通と三条通の交差点付近で、再度隊列が崩れた新選組隊士数名を狙って、以蔵と共に対峙する。新選組隊士にすれば、目の前で桂を取り逃がせば切腹させられるため、どんな長距離になろうと、地を這ってでも追ってくるはずである。そこが以蔵の狙い目だった。それに数人ずつと戦うのであれば、桂と以蔵だけでも勝機は十分ある。こうやって、何周かするうちに少しずつ敵を減らし、追手がいなくなったところで、幾松と落ち合い、桂の故郷である長州へ逃げ返るという筋書きであった。

京都市内の通り - JapaneseClass.jp

「木刀はどうする。それだけの本数を集めるとなると、容易ではないぞ」
 桂の疑念は当然ことである。昨晩の以蔵との立ち合いで使った木刀は、橋の下の寝床に隠してあるが、たったの二本である。
「わしに考えがあるぜよ。木刀の他にも必要な物があるきに、今からその必要な物の調達しに行くぜよ」
 以蔵は桂の腕を引っ張るようにして四条大橋を後にした。
「そう言えば、私たちがここに戻ってきた時に、寝床が荒らされていた。子供の仕業だとは思うのだが・・・」
「そうかえ。わしらがここに隠れちょることがばれるのも時間の問題かもしれんぜよ。ここも長居はできんぜよ」
 
 桂は以蔵に連れられて河原町通を南へと向かった。もちろんのこと、寅之助も一緒だった。以蔵は相変わらず自分の日本刀を藁で包んで、脇に抱えている。桂は行き先も教えてもらえず、ただ付いていくだけだった。まだ日が明るい中を、二人は頬被りをしながら人目を避けて歩いたが、なぜか会話が弾んだ。
「ちっくと急ぐぜよ」
「急ぐのはいいがどこへ行くのだ」
「まあ黙って付いてくるぜよ」
「ところで、以蔵殿・・・」
「ええ加減にせんかえ、以蔵でええきに」
「なぜ、幾松の救出に加担してくれるように、心が変わったのだ」
「わしにもようわからんぜよ」
「わからんとはどういうことだ」
「まっことよーわからんぜよ。なーんでか、血が騒ぎよるぜよ」
「ほー、あなたが何の得もなく、命の保証もない他人の人助けに加担するような人には見えなかったのだが、世の中と言うものは本当にわからぬものだ」
 桂の心無い一言に対して、いつもの以蔵なら怒りを露わにしていたはずであるが、以蔵は無表情で聞いていた。それほどまでに二人は打ち解けていた。
 
「ほがなことはないきに。わしかて、人助けはしたことがあるぜよ。けんど、人殺しばかりやっちゅううちに、他人を助けてやろうっちゅう気持ちなど忘れちょったがかもしれんきに。それに、おまんがいごっそう過ぎるきに、わしが巻き込まれてしもうたようなもんぜよ」
 以蔵はまるで世間話でもするように言った。
「恩に着る。一つ相談があるのだが、幾松を無事に救出できたら一緒に長州に来ないか。あなたと共に新しい日本を作りたい。長州は今、京から追放されて行き場を失った。しかし、何度倒されようとも、私たちは立ち上がる。生きながらえて、来るべき日を迎えるまで耐え忍ぶ。今はこんなみすぼらしくて、あなたに何の確約もできないが、必ず新しい日本を作ってみせる。私と共にやらないか」
 桂は本気でそう思っていた。
 
「わしはほがな表舞台に立てる身分じゃーないきに。裏社会でしか生きられん人斬りじゃき」
 以蔵は無表情で答えた。
「長州にも決して好ましいことではないが、暗殺に加担した過去を持ちながら、私たちと行動を共にしている者がいる。人はしっかりとした志さえあれば、いくらでもやり直すことができる。私と長州へ来い、以蔵殿」
 桂は真剣な顔で言った。
「考えとくぜよ」
 
 何十人もの人を殺してきた。決して許されることではない。それは師と仰ぐ武市のためであった。例え暗殺者とは言え、自分に対して生きる意味を見い出せていた。しかし、今はその武市に、この世から抹殺されようとしている。生きる意味を見失った。こんな野良犬のような人間だが、やり直せられるものならやり直したい。以蔵はそう思った。
「そうそう、おまんに言われて思い起こしちゅうが、武市先生もおまんと同じように、さら日本を作りたいって言うておられたぜよ。わしはその手助けをしたいと、ずっと思い続けてきたきに。けんどさらの日本ってもんがよおわからんのぜよ。さらに日本ではわしみたいに人を殺すやつなんかおらんようになるのかえ。それにわしに嫁さんができて、子供ができたら、人目をはばかって生きんでもええ世の中になっちゅうってことなんかえ。わしの子供ばかりやのうて、日本人皆が殺し合いもせんで、普通の暮らしができる世の中かえ。ほがなことがまっこと実現できるなら、わしは命など惜しゅうないぜよ」
 
 以蔵は自分の将来像を頭の中で描いたことがなかった。暗殺に明け暮れ、闇の世界に浸って生きてきた以蔵は、そんなことを考える気持ちにはとてもなれなかった。しかし、桂の将来の日本の姿について聞かされて、何となくだが想像してみることができた。ただ想像しただけである。それなのに、なぜか自然と顔がにやけてきた。
「そういうことなのだ。日本はこれから人が平等に暮らせる世の中にならなければならない。いつまでも無能な幕府の連中が日本を牛耳っていれば、外国からの脅威に曝されている時に、この国を守ることなど全く期待することなどできない。町人でも農民でも、能力がある者はごまんといるはずだ。武士ではないと言うだけで、その能力を発揮できないまま、埋もれさせてしまっている。何ともったいないことか。皆が平等であれば、能力がある者が能力を発揮できる。そうなれば、日本はますますより豊かで良い国へと発展していく。いつかは、外国とも渡り合えるようになる」
 桂は熱く語った。
 
「今日のおまんはようしゃべるのぉ。けんど、おまんは生きるぜよ。生きて、ほがなええ世の中を作るぜよ」
 桂は以蔵に返事をする代わりに、無言のまま寅之助の頭を撫でてやった。今となっては良き相棒となった寅之助は、至極ご満悦な様子だった。
 二人はあれこれと話しながら、二時間ほど歩いて目的地に着いた。そこは、京の市街地から九キロメートルほど南に下った伏見にある寺田屋と言う旅籠だった。以蔵はずけずけと店の中に入って行った。
「龍馬はおるかえ」
 以蔵は女将らしき女性に徐に言った。女将の名をお登勢と言った。
「あら久しぶりですねぇ、龍馬さんなら、出かけてますよ」
「どこへ行っちゅうがかえ」
「さぁ、いつも行き先も言わずに、お出掛けになりますから」
「いつ戻るぜよ」
「それもわかりませんよ。遅い時もあれば、夕飯までに戻る時もありますし・・・」
「そうかえ。こっちは急ぐきに。仕方ないぜよ。店の裏の路地で待つてることにするがぜよ」
 以蔵は無愛想に答えると、桂の腕を引っ張って店を出て行った。以蔵があまりに不機嫌になってしまい、桂が事情を聞こうにも、聞けるような雰囲気ではなかった。

<続く……>

<前回のお話はこちら>


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