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木綿のハンカチーフなんかいらない

同じものを見たり聴いたりしていても、
年齢や時代が変われば感じることも変わる。

「木綿のハンカチーフ」をご存知だろうか。
太田裕美さんの、あの有名な曲である。

ある日テレビ番組で「木綿のハンカチーフ」を聴いていた母が「この曲、意味不明だよね」と言い出した。「時間の無駄」というのである。

恋人よ 僕は旅立つ
「木綿のハンカチーフ」

まっさきにいずれ帰ってくることを匂わせているが、都会に生活の基盤を築く時点でこの男に地元に帰る気はない。
そして女の側は地元で就職した段階で、
地元が大好きで一歩も出る気がない
最初からライフプランがすれ違っている二人なのだから幸せな結末が訪れるわけがない

恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して
毎日 愉快に過す街角
ぼくは ぼくは帰れない
「木綿のハンカチーフ」

そうだよね。知ってた。
最初から話し合っておきなさい。

以上が母の言い分である。

おそらく母にとっては付き合う=結婚するであって、結婚出来ないのに付き合う=時間の無駄なのだろうと思う。そういえば両親は見合い結婚である。

私としては遠回りしたっていいじゃないと思いたい。結婚とか責任とか、結果を抜きにして「好き」な状態をゆるゆると継続するのはたぶん心地いい。

でも若いときならいいけれど、アラサーになったいまはちょっと無理かも……

行動に見合った結末が欲しい。
アラサーの私たちは日頃働きに出たら行動には成果を求められているではないか。
頑張ったから、好きだから、ではなまるを貰えるのは学生時代までなのだ。報われない時間を過ごしているほど人生長くない。

さらに母は言った。

あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く木綿の
ハンカチーフ下さい ハンカチーフ下さい
「木綿のハンカチーフ」

どうしていままで何もいらないと言い張ってきた女が、最後にハンカチーフを欲しがるのか?

「そりゃあ、男への恨みの涙を拭くためにハンカチーフを要求してるんじゃないの?
私がそう答えると、母は膝を打って納得していた。

さぁ、正解はどうなんでしょうか。

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