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母への想いとソフトクリーム

美味しいものを食べたとき、あの人にも食べてもらいたいと思い浮かんだ相手に恋をしている。そんなフレーズを小説かドラマかで聞いたことがあります。

小学4年生の私が思い浮かべた人は、お母さんでした。

友達とミニストップに行ったときのこと。少ないお小遣いを握りしめて、買ったのがこのソフトクリーム。

これがまた美味しくて美味しくて。親のいないところでソフトクリームを食べている状況も重なり、不思議と非日常を感じていました。

「これ、お母さんにも食べてほしいな」と思った幼い私は、コーンの底5センチほどを残し、持って帰ることを試みます。ミニストップのソフトクリームの底は、尖っておらず、平べったい形をしているんですよね。

自転車に乗る時も片手にコーンを持ちながら、事故に遭わないよう怯えながら自宅へと向かいました。

と、ここで事件が発生します。冷たいソフトクリームを食べたばかりだったため、尿意を催しトイレに行きたくなったのです。これは、自宅まで我慢できないと判断し、近くのスーパーへと駆け込みました。

コーン5センチを持ったままトイレに急ぎます。そして、10歳の私は気づくのです。

ソフトクリームを持ったまま、どうやってトイレに入ろう。

リュックと違ってトイレの後ろに置くことはできないし、片手で持ったまま用を足すにはコードすぎるし、そもそもソフトクリームを持ったままトイレに入るってどうなんだ。

10歳の頭で一生懸命考えます。考えた結果、まずトイレに入る前に5センチのコーンをバリバリ食べました。そして、約1センチ残した状態で ”口の中に入れる” ことを選びます。

トイレで済ませるものを済ませ、手を洗い、トイレから出たところで ”口の中に入れた” ソフトクリームを出しました。

唾液によって、ふやけたコーン。アイスはもはや溶けてしまいドロドロの液体。それでも構わず、片手にソフトクリームを持ち直して、自転車でお家を目指します。

やっとのことでお母さんの元に辿り着き「これ美味しかったからお母さんにも食べて欲しかったの!」とふにゃふにゃの1センチアイスを差し出しました。

お母さんは、どうも様子のおかしいアイスクリームを眺めながら、事の顛末を聞き「そんなに美味しいアイスクリームなら、食べきっちゃっていいよ」と優しく言ってくれました。「私が食べていいの!!??」と目を輝かせ、最後の一口を幸せな表情で食べたようです。

「そこまで頑張って、私に食べてほしいと思ってくれてありがとう。今度一緒に食べに行こうね」と母が誘い、後日またミニストップに行きました。



あのミニストップの前を久しぶりに母と通り、10歳の頃のソフトクリームお持ち帰り事件を思い出してしまいました。自分でも当時のことを意外と鮮明に覚えています。健気というかクレイジーというか、今でも爆笑が止まりません。

ソフトクリームの味はなんとなくでしか覚えていないけれど、お母さんへの気持ちは今でも忘れずに心の中に残っています。




前回のエッセイです。



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