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地味の極み。バウティスタ・アグートという選手

  ウクライナ情勢など心配なニュースはありますが、テニスツアーは動いています。ここでロシアのテニス選手が何か発信しないものかと気になり4人のロシア人男子選手のTwitterをフォローしてみました。今のところ何も発信はありません(2月27日時点)。と、思ったらデュバイで優勝したアンドレイ・ルブレフがつい先ほどツイートしました。「今はテニスじゃない、スポーツでもない。世界中で平和を考えよう。互いに支え合おう。」と。非常に慎重なツイートですね。
 
 さて2月の3週目は、南米ブラジルのリオ、北米ではフロリダのデルレイ・ビーチ、ヨーロッパはフランス マルセイユ、そして中東カタールのドーハと、本当に世界中でATPツアーが開催され、どれも盛り上がっていました。

進む世代交代

 今テニス界は確実に世代交代が進んでおり、大会を賑わせているのは20代前半、時には10代の選手達です。それでも先の全豪オープンでは35歳のナダルが優勝しびっくりでした。しかし今回のリオでは18歳のアルカラスが優勝し、若手の台頭を印象づけました。ビッグ3の時代は少しずつ、しかし確実に終わろうとしています。

それでも頑張るベテラン

 今回私が感動してしまったのはドーハ。決勝は30代対決になり、33歳のロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)が、決勝の3日後に30歳になったニコロス・バシラシュヴィリ(ジョージア)を破り3年ぶりのツアー優勝を遂げました。ちなみに去年の決勝もこの二人の対戦で、その時はバシラシュヴィリが勝っています。

スペイン人のお名前

 スペイン人にはこのロベルト・バウティスタ・アグートのように3部構成の名前が多いのですが、私は彼らの名前を覚えるのが得意で、これはちょっとした自慢です(何の役にも立ちませんが)。他には…
パブロ・カレーニョ・ブスタや、アレハンドロ・ダヴィドヴィッチ・フォキナ、女子ではカルラ・スアレス・ナヴァロ、古いところでアランチャ・サンチェス・ヴィカリオ等々です。(ここでもう読むのを諦めた人がいるかも知れません)
 ちなみにパブロ・カレーニョ・ブスタはPCBと略されたりしますので、ロベルト・バウティスタ・アグートもここでは勝手にRBAと呼ぶことにします。

 そのドーハでの準決勝、ロシアのカレン・ハシャノフ(25歳)とのフルセットが見応えありでした。決してスターとは言えない2人の打ち合いに最初は反応が薄いドーハの観客でしたが、次第に質の高い攻防に湧き上がります。

 そして決勝では前述のバシラシュヴィリのワイルドなテニスを寄せ付けずストレートで勝利し、コートにとことこ入ってきた小さな息子を抱き上げ、駆け寄って来た妻にキスします。二人共本当にうれしそうです。

RBAのこんな笑顔は滅多に見れない

RBAのすごさ

  5歳でテニスを始め、14歳まではビジャレアルCFというスペインのクラブチームでサッカーもしていたそうです。17歳でプロに転向して17年目。これが10個目のツアータイトルですが、マスターズや4大大会といったビッグタイトルはありません。しかし彼の一番凄いところはランキングの上がり下がりの波が本当に少ないことです。現在は15位で、生涯最高ランキングは2019~2020にかけて記録した9位です。

 プロ転向が2005年。100位の壁を破ったのが2012年。50位内に定着したのが2014年。実に10年近くかかってゆっくり着実に世界のトップ50に割って入ったのです。そしてその年に15位まで駆け上がっています。
 それ以降、キャリアのほとんどを20位内で戦い、一番ランキングが落ちたのが故障した2018年で28位です。これは本当にすごい事です。ケガによる長期離脱もありませんし、思えばツアーで彼の名前を聞かなかったことはほとんどありません。なぜこんなに安定しているのでしょう?

安定の秘密

 RBAのテニスで最も印象に残るのはフットワークです。これは14歳までテニスと並行して、しかも高いレベルでやっていたサッカーが活かされているのかもしれません。彼はいつも上半身がぶれることなく平行移動していくような足の運びで、バランスを大きく崩すことがありません。それと大きく飛び上がって打つようなことも稀です。アクションの派手さがないことがケガの少なさにつながっていそうです。

 もう一つの特徴は(フォアハンドの)グリップの薄さです。これはテニスをやったことない人にとってはわからない用語ですが、詳しくは書きません(ごめんなさい)。男子ツアーで最もグリップの薄い選手はフランスのベテラン、リシャール・ガスケで、その次がデ・ミノーやフェデラー、そしてRBAです。彼らのグリップは、手首や肘の関節運動学的に見て自然で負担が少ないのです。ですので「グリップの厚い」錦織くんやジョコヴィッチに比べ、手首や肘を故障するリスクは低いと考えていいと思います。ただしガスケは薄すぎるので謎です。ガスケがなぜあんなに薄いグリップでちゃんとフォアが打てるのか、そして長年トップレベルでやれたのか、本当に特殊な選手です。ただガスケはフォアハンドよりも片手のバックハンドを得意としていましたが。

誰もが苦労する「モチベーション」

 しかし、フットワークやグリップという身体的な要素だけで、長年安定して活躍できるわけではありません。最も重要なのは言うまでもなくメンタル、この場合は正確に言うならモチベーションです。奇しくも最近二人の日本人トップ選手が「もうだめかも」とソーシャルメディアで告白しました。
 この二人を含め、日本のプロ選手というのは大抵ジュニア時代には年代のトップで国内では敵なし、皆から羨望の眼差しを向けられるスポーツエリートです。しかしジュニアを卒業して世界に出てみると、自分がいかに凡庸かを思い知るのだと思います(多分)。
 そこでテニスはやめないまでも、多くの選手が世界のトップクラスを目指すことを内心諦めてしまうのは自然なことだと思います。そしてプロとして何年かやっていく中で、ランキング上の「自分の生息域」みたいなものが概ね決まってきて、その中で「今年は少しでも上に」と努力を続けているのがおそらく現実です。

 しかし今回の二人は世界を諦めず、一度は50位に指がかかった選手です。実際にツアー優勝も経験しています。そんな選手でも、挑戦し続けることに疲れてしまうこともあるのです。本当に本当に厳しい世界、化け物が人間の顔をしてコートをうろうろしている世界です。

 話が逸れました。さてそんな魑魅魍魎が跋扈する世界でRBAはいたって地味です。顔も老け顔で50歳と言っても疑われないでしょう(失礼)。スペイン人だからと言って根っから陽気なラテン系という雰囲気もありません。実際インタビューなんかのノリもあまり良くない印象です。つまりそれほどギラギラしたエネルギーとかモチベーションに溢れているようには見えないのです。それなのにこの安定した活躍。
 おそらく「続ける才能」というか、あまり上がり下がりなく「持続する意欲」を持っているのでしょう。コツコツと静かに地味にキャリアを積み重ね、振り返ると50位内に入って以来一度もそれより下に落ちたことがない。鉄人と呼んでも良いくらいの尊敬に値する選手です。

オールドスクールなグリップとフォロースルー

RBAのプレースタイルは 

 テニス界ではリスクを取らず守りに徹することを「シコる」と言い、そういう選手をやや嘲笑を含め「シコラー」と呼んだりしますが、RBAはこの部類に入るかもしれません。英語ではミスの少ない手堅いプレイのことを「consistent」と評します。少し前になりますが、4大大会で優勝することもなくビッグ4の下で長年一桁ランクを守っていたチェコのトマーシュ・ベルディヒは「Mr. Consistent」と呼ばれました。

 またシコラーと言えばフランスのジル・シモンが真っ先に思い浮かびますが、シモンよりも攻撃力のあるシコラーがRBAでしょうか。今回のドーハでは、持ち前のロングラリーを支配しつつ、要所で厳しく思い切った攻めを見せてトロフィーを手にしました。こんなにいい選手を、今までなぜもっとちゃんと観ておかなかったのかと反省しています。これからはRBAをもっと応援しようと思っています。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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