見出し画像

やっぱり草食べた人 ウィンブルドン2022#2

今年の四大大会のうち、これで三つが終わりました。結果的にその全てで”ビッグ3”と言われる選手が優勝しベテランも若手もその壁を破れませんでした。しかしその結果に至るまでには様々なドラマがありました。

優勝候補は?

 今年の男子で優勝候補は誰だったかと言えば、もちろん昨年優勝のノヴァク・ジョコヴィッチ(セルビア)です。そしてもう一人、満身創痍で全仏優勝後、回復が不安視されていたラファイエル・ナダル(スペイン)の出場が決まった途端、ラファは出る以上誰よりもモチベーション高くファイトするだろうから優勝も十分あると私は思ってました。それと優勝候補とまでは言えないけれど、スペインの19歳、カルロス・アルカラスが芝生でどこまでやるのかは最大の楽しみでした。

パートタイムのプロ選手?

 しかし蓋を開けてみるとこの人が色んな意味で注目を集めていました。

英語では tweener と呼ばれる”股抜き"ショット 

27歳のオジー(オーストラリア人)ニック・キリオスです。これまで何度も取り上げていますが、大会時のランキングは45位です。優勝争いに絡む順位には思えませんが、おそらく芝生のウィンブルドンで、ビッグ3以外で、"最も対戦したくない相手"として誰もが彼の名前を挙げるのではないかと思います。ニックを評する言葉は色々ありますが、テニスに関してはこの三つ、「Talented(才能にあふれ、器用)」、「Tricky(何を仕掛けてくるかわからない)」そして「Big serve(強力なサーブ)」でしょう。選手でも、テニス関係者でも、ファンでも、彼の才能を疑う人はいないでしょう。事実、フェデラーにも勝ったことがありますし、ナダルをウィンブルドンで破ったこともあります。そしてジョコとの対戦成績はナント2勝0敗でした!しかし逆に「Wasted talent(才能を活かしきれてない、もったいない人)」という評価も同時につきまとう選手でもあります。実はこの人、一年を通してテニスに取り組めない人なんです。自身を「パートタイムテニスプレイヤー」だと言ったこともあるとか。
 しかし今回はあれよあれよという間に勝ち上がり、極めつけは準決勝、対戦相手のナダルが腹筋の肉離れで棄権し、戦わずして自身初の四大大会決勝に進んだのです。ちなみにその途中、3回戦で世界ランク5位のステファノス・チチパス(ギリシャ)を下し、4回戦ではブランドン・ナカシマ(米国)とのフルセットをものにしています。このナカシマという選手は外見的には日本人なので心情的についつい応援しています。20歳で大会時49位、そして今回ベスト16は立派です。

薬剤師の両親の下、サンディエゴで生まれたナカシマ。カレッジテニスからプロへ

キリオスとジョコの"Bromance"

 キリオスに話を戻すと、このナカシマの後は準々決勝をストレートで勝ち、準決勝はナダルが棄権(ナダル vs キリオスを観たかったですね)、そしてジョコと三度目の対戦となった晴れの決勝では1-3で力尽きます。意外にもジョコがキリオスに勝ったのはこれが初。そしてお約束の、センターコートの芝をむしって食べたのです。
 優勝スピーチでジョコは、キリオスと彼のチームを褒めたたえた後すぐに「彼をこんなに持ち上げるつもりはなかったんだけど」と会場の笑いを誘いました。キャリアを通じて”問題児”とされてきたこのやんちゃなオジーを観客もよく知っています。この飽きっぽい問題児キリオスと、極めてストイックなジョコヴィッチには一見共通点がないように見えるのに、実はすごく気が合うようなのです。そんな二人の仲を「これをブロマンス(Bromance)と認めよう」とジョコがマイクで言い、またまたスタジアムは大爆笑でした。

“It’s officially a bromance

初めて聞く単語だったので調べますと、男同士でめちゃ仲いいこと(性的な意味はない)を茶化しも込めてそう呼ぶようです。Brother の Bro と Romance をくっつけた造語みたいですね。私が思うに、二人の共通点があるとすれば「物議をかもす発言」でしょう。忖度なしに思うところを言葉にし、その結果猛烈な批判も浴びてきたこの二人だからこそ、その点でお互いを認め合っているのではないかと勝手に思っています。

やっぱり何か”やらかす”この人

 そういえば去年のウィンブルドンでは、うっかり試合に普通のスニーカーで来てしまい、係員がロッカーにキリオスのテニスシューズを取りに走るということがありました。今回は記者会見場にお寿司のパックを持ち込み、マイクの前に座るとやおら醤油の袋を破り、かけて、むしゃむしゃ食べながら質問に答えるという「"寿司会見"事案」がありました。

醬油かけてるとこ。箸ではなくフォークで食べていました

選手にとっては毎試合後の記者会見が、タイミング的にも時間的にも精神的にも大変負担になっていることを、大坂さんの会見拒否問題の時に知りました。でも食べ物を持ち込む選手はさすがに珍しいようで話題になっていました。さすがニックです。

ジョコが苦しんだ試合は?

 さてロシアの選手が出ていなくて、ナダルが準決勝を前に棄権し、ジョコにピンチはあったのでしょうか?いやありました。準々決勝のヤニク・シナー戦です。以前紹介しました、北イタリア出身でスキーのジュニアチャンピオンになったこともある選手です。20歳ですがもうすっかりトップ10に絡む選手です。

次こそジョコに勝てるか…

このシナーが実は私が期待していたアルカラスを破り、ジョコ戦では2セットを先取します。ここでまたジョコがトイレ休憩を取って別人になったのか(昨年の全仏のように)どうかは分かりませんが、その後3セットを連取してベスト4入りしたのです。シナーは今や誰もが恐れる選手だと思いますが、ウィンブルドンのしかもセンターコートにおいて、ピンチの時ほど驚くべき力を発揮するジョコを押し切ることはできませんでした。

あのベテランはどうなった? 

 私は色々の事情からテニスシーンを全く追いかけていなかった時期がかれこれ10年以上あったのですが、そんな時期を経て再びテニスを観始めたきっかけは2014年の錦織くんの大ブレイクです。ですので彼と近い世代の選手にはすごく親しみがあって、今ではキャリア終盤に入っているそんなベテラン達の活躍には「ヨシ‼️」と一人で拳を握りしめてしまいます。その錦織世代の一人がベルギーのダヴィド・ゴファンです。

錦織くんの一つ下で31歳

2017年にはトップ10の壁を破りキャリアハイの7位を記録している彼も今回はノーシード。4回戦で第23シード、24歳のフランシス・ティアフォー(米国)を破りベスト8に駒を進めた試合は、フルセットで4時間半を超える激戦でした。
 試合直後のコートでの勝利者インタビューで、開口一番「こんなに長い時間かかってしまって次の選手に申し訳ない」とまずは出番を待っている選手への謝意から入りました。この時私は「オヤ!?」と思いました。日本人の感覚なら「まだかまだかと控室で待たされる選手を気遣った素晴らしいコメントだ」と誉められるかも知れませんが、あちらの人の多くはこのような考え方をしません。すると案の定、インタビュアーの女性は「あら、謝ることはないですよ。この時間はあなたの時間なのですから」と返しました。内心はこの4時間半のマラソンマッチを制した誇らしさをその笑顔にたたえながら、ストレートに喜びを表現しないゴファンに、意外な奥ゆかしさと、勝負の世界を戦っていく上でのある種の弱さ(優しさと言っても良い)を見たような気がしました。

どうなる?全米オープン

 さて、まだまだ取り上げたい試合や選手はいますがこの辺にしておきます。ウィンブルドンが終わり次のビッグイベントである全米オープンまであと一月半です。私の心配事は、大会のコロナ対応です。先の全豪のようにワクチン規定でジョコヴィッチが除外されないよう願っています。実は今回のウィンブルドンでも、大会直前に軽いインフルエンザ症状を感じた選手がコロナの検査を受け、陽性となり棄権しています。昨年の準優勝者、マッテオ・ベレッティーニ(イタリア)です。

 今大会は様々な問題を抱えながら、結局は大変に盛り上がりました。それを「やっぱりウィンブルドンはウィンブルドンだった」と言う人もいますが、前述の通り実は欠けているピースが幾つもあった大会なのです。8月末から始まる全米オープンでは、欠けることなく輝くタレント達がニューヨークに集結することを祈っています。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。



この記事が参加している募集

スポーツ観戦記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?