りりこ

すきなものを大切に楽しく居たい

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ノート

黒い革張りのノートが鞄に入っている。何用でも無いただのノートだ。忘れたくないことを書くときもあれば何でも無いメモをするときもある。2cm位の厚さで少し重いが、どこへ行くにも鞄に入れて出かけるのが癖になっている。このノートは1代目では無い。今までも何冊かこんなノートがあったが、最後まで使い切ったことが無い。 「じゃあ明日行く?」 隣を歩く彼が言う。思考にのまれて目の前の会話を疎かにしてしまうことが昔から良くある。何の話だったかな。 「あした、、はなんもないよ」 じゃあそ

    • 天使

      深夜の麻布十番を1人で歩く。目的は無い。旅先で暇を持て余しただけだ。今回の旅自体には目的がある。人に会う事だ。それは明日の夜だから、今日は何をしたって良い。見知らぬ土地の夜の空気を吸ってみたかったし、少し誰かと話したかった。 坂を上ると道の両脇には飲食店が並んでいた。店はもう閉まっている所が多い。六本木辺りまで行けばもう少し賑やかなのかな。土地勘が無いから良く分からない。階段状になった広場に腰掛ける。煙草、吸っても良いのかな。考えながらぼんやり座っていると煙草の匂いがした。

      • ボニーアンドクライド

        「なんで」 そんな事、本当は聞かないで欲しい。泣きそうな顔をしている。抱きしめてごめんね嘘だよと言えたらどんなに良いだろう。 「ごめんね」 謝罪では無くて理由を教えてくれと彼は言う。理由は彼では無い男とセックスをしたからだ。ずるい考えだが、それだけなら言いさえしなければある程度の期間は関係を続けていけたと思う。 でもわたしは思ったのだ。彼では無い男とセックスをしているときに、ふと、彼からもらった愛情にお返しを出来たことはあるのだろうか、と。 男女の恋愛では、好きにな

        • 朝の光

          目が覚める。 目を閉じた意識の中でそう思った。何かを考える前に薄く開いた目で携帯を探す。8:54。アラームが鳴るまでまだ1時間以上ある。 もう少し眠っていたい。ベッドの中で腕を伸ばすと柔らかいものに当たった。彼がまだ居る。もう出ている時間なのに。寝坊かも知れないと、反射的に体を起こす。 「もう9時だよ、大丈夫?」 もぞもぞと体を動かして聞き取れない言葉を発する。その様子で寝坊では無いのだと察して、安堵の溜息をついてわたしもまた毛布に潜り込んだ。背を向ける彼の体に腕を回し

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        • SS
          13本
        • みぞれ
          21本

        記事

          連鶴

          姉が居る。5つ年上だが酷く若作りだ。おかげでたまたま一緒に歩いているところを見た知人には彼女かとはやし立てられることもしばしばで、非常に迷惑している。先日もそうだった。仕事終わりに姉と会う約束をしていた。仲が悪いわけではないが、1年ぶりくらいに会う。親戚の結婚式に出られないならご祝儀くらい出しなさいと無理矢理に、姉にそれを託す日を決められた。そもそも普段から連絡も取ってもいない親戚の結婚式など出席する意味がわからない。時間の無駄だ。 「また猫背!」 1年ぶりの一言目がこれ

          プライオリティ

          好きなものを聞かれた。あなたのことを知りたいから好きなものや趣味を教えて欲しい、と。この感情そのものはとても美しいと思う。相手のことをもっと知りたい、その先で時間を共有したい、という感情だろう。 自己開示は怖い。求めるのも求められるのも。それはきっと拒絶されるのではという恐怖から来ている。その恐怖を乗り越えなければ繋がりが深まらないのだと友人に説教をされたけれど、わたしはその質問をしてきた人と繋がりたい気持ちは無かった。と言うよりは繋がるべきでは無いと思った。だから開示をし

          プライオリティ

          海とクラゲ

          赤い星を見つけた。あの人に教えて貰った歌の中に星が出てきたからふと見上げた空に、きらきらと揺れていた。 足を止めて見上げていると、車のクラクションが鳴った。今立っているのは歩道だから、わたしじゃないはず。気にとめずそのまま見上げ続ける。 「おい、引くぞ!」 はっとして目をやると、にやついた男がこちらを見ている。たっちゃんだ。 「またぼけーっとして。拉致されちまうぞ」 たっちゃんはあまり清潔感が無い。髪はぼさぼさでひげもちょっと生えている。こんな風なのに仕事はアパレル系

          海とクラゲ

          おわり

          ふたりで行こうと柔らかい約束をした。わたしの好きな場所に。その約束はもう果たされることは無い。 寂しくはあるけれど仕方の無いことだ。彼はわたしのこの薄情さに満足できなかったのだろう。わたしは彼の踏み切れない臆病さを愛しきれなかった。 お互い燃えるような情熱を持って接することを望んでいたわけでは無いと思うけれど、もっと寄り添っていたかった。それをしなかったのはわたしだと、思われていると分かっている。 ひとりでしっかりと立っていたい。 両足を踏ん張っている傍らで、そっと指先

          夜明け前

          眉間にしわを寄せて威嚇しながら人を遠ざけようとする彼を、知りたいと思った。 彼はひとりが好きで、寡黙だ。意図的かどうかは知らないけれど、伸びた髪で目を隠している。わたしは彼の目を見るのが好きだ。嘘のつけない、不器用で生きづらさを隠せない瞳を見ていると許される気がした。わたしの日々に散りばめた虚偽を。 初めて知人に紹介された時の彼は関係を築くつもりなど毛頭無いようで、やはりあまり喋らなかった。わたしにはそれが心地良くて、彼の灰になっていく煙草を眺めていた。 ある夜、ビール

          夜明け前

          みぞれ・あとがき

          みぞれを読んで下さった方、本当にありがとうございます。 以前、粉雪という曲が流行りました。その話をどなたかがテレビでされていて、積もるのは粉雪では無くてみぞれのようなべちゃっとした奴だ、と仰っていました。1度積もってしまえば水はけも悪く、降ったことなど忘れた頃にこんな所にまだ、となるような。なんだか恋愛のようだなと思ったことがあります。 ななにはモデルがいます。わたしは彼女のことが本当に好きで、彼女のことを理解したいと思いながら書いていました。もちろん全てわたしの空想のお

          みぞれ・あとがき

          みぞれ・19(最終話)

          「ごめんね、遅れちゃって」 「うん、大丈夫」 七夏はそう言って、黒い鞄からシンプルなシルバーのリングのついた鍵を取り出す。鍵は4つ付いている。ホットコーヒーを飲みながら東城はその様子を見ている。 「ありがとう。気を使わせちゃったね、部屋の鍵だけ置いていけばよかった」 思ってもいないことを口にする。これは無意識だ。東城は色々な場所で色々な人に会い仕事を集める。その為に良い印象を振りまいている。人に好かれるセオリーを組み立て身につけ、彼はそれを武器として仕事をしている。友

          みぞれ・19(最終話)

          みぞれ・18

          コーヒーショップのテラス席に七夏が座っている。鍵を渡すだけなら何も飲まないかも知れない。店内の席に着くのは居心地が悪いかも知れないと思ったからだ。 逃げたい。会いたくない。そんなことばかりを七夏は頭のなかでぐるぐると考える。2人が約束をして会うのは初めてだ。何がそんなに嫌なのか考えられるまでには余裕がなかった。むしろ考えないようにしていた。期待をすれば、東城はそれに応えようとしてしまうかも知れないし、そんな風にして欲しいわけではない。 七夏は純粋に変わらない彼との時間を自

          みぞれ・18

          みぞれ・17

          「はい、グランディール東城です」 「もしもし」 「ああ、なっちゃん。ごめんね鍵」 「ううん。どうしよう」 「…どうしようか。今どこ?」 「今、会社出たとこ」 「そっか、じゃあ近いね。取りに行くよ。時間潰せそうなところある?多分20分くらい」 「…うん、わかった」 「ありがとう。また電話するね」

          みぞれ・17

          みぞれ・16

          後は明日の引き継ぎをすれば今日の仕事は終わりだ。パソコンを開き緊急の連絡が無いかチェックする。残業にはなりそうにない。 朝から迷ってもうこんな時間だ。鍵が無くて困っているかも知れない。分かってはいてもなかなか気が進まない。ポストに入れておこうかと思ったが、オートロックの外でしかも部屋の番号が分からなかった。何度も行っているのにおかしな話だ。部屋のものだけでは無いようで4つ鍵がついている。尚更、電話をしなくては。でも部屋を出るとき鍵は掛かっていたからあの部屋のものは持っている

          みぞれ・16

          みぞれ・15

          電話が鳴ったときはまだ会社に居た。明日までに仕上げなければいけない仕事をあらかた終えて帰ろうかと思っていたところだった。大久保さんの携帯から聞こえたのは始めて聞く女性の声で、仕事の同僚のような物だと言った。 車を手近なパーキングに止めて歩き始める。何故俺に掛かってきたんだろう。彼女が言ったのだろうか。だとしたら、何だというのだ。俺に出来る事は変わらない。 聞かされた店の中に入り連れが居ると告げると、奥の個室を案内された。 「あぁ、東城さん!ご無沙汰しております!お久し振

          みぞれ・15

          みぞれ・14

          手を繋いでいた。引っ張られていたと言う方が正確かも知れない。また記憶が曖昧だ。でも、今指に触れているのは東城さんの手だ。 暗いから夜だ、と思った。上を見上げるとオリオン座が見えた。東城さんに教えてあげたかったけれど、振り返ってわたしがいるか確認する様にこちらを見た彼は、いつもの部屋で笑いかけてくれる彼では無くて言葉が出なくなってしまった。 どうすれば笑ってくれるんだろう。分からない。頭が上手く働いていない。 彼が車のドアを開けてわたしを座らせる。ドアを閉めるときにもう一

          みぞれ・14